2015年8月 2日 (日)

2015.08.02

8月2日の作品


<作品>

終戦の日に玉音放送を聞いた外国人がいる。戦時中、各国の大使館員らが軽井沢に移住させられた。その一人に名高いフランス人記者ロベール・ギランがいた。自宅監視の状態だったが正午に村人といっしょにラジオの前に立った▼隣組長の玄関前に集まった村人は身を固くして頭を垂れた。うやうやしく尊崇の念を払う対象が粗末な椅子の上のラジオだったので、その態度は異様に映ったそうだ▼「あちこちで啜(すす)り泣きが起(おこ)り、隊列が乱れた。途方もなく大きな何ものかが壊れたのだ」「彼らは逃げ、自分たちの木造の家で泣くために身を隠した。村は、絶対的な沈黙に支配されたのである」。著書『日本人と戦争』に詳しく記している▼あの日、どこで何を思ったか。万の人に万の記憶があることだろう。それから70年、鎮魂の8月に玉音放送の原盤の音声が公開された。これまでテレビなどで聞いてきた占領軍の複製より鮮明な印象を受ける。未曽有の戦争を終わらせた昭和天皇の「4分半」である▼戦争を続けていれば落命したであろう人々は生き残り、驚異の復興を成し遂げた。とはいえ310万人の日本人戦没者のうち200万人近くは最後の1年の死者だったことを、前に書いたことがある▼特攻、空襲、沖縄、原爆――多くの悲劇がその間に起きた。時計の針を逆回しして玉音放送を早めていけば、死なずにすむ人は日々増える。戦場になったアジア諸国でもそれは同じだった。8月15日は、遅すぎた終戦の日でもある

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2015年6月28日 (日)

2015.06.28

6月28日の作品


<作品>

その衝撃は強まりこそすれ、弱まる気配がない。安倍政権が成立を目ざす安保法制を明快に「違憲」と断じた長谷部恭男・早稲田大教授らの見解である。憲法学者の声が現実の政治に対し、大方の予想を超えて深い影響を与えた▼専門家の権威が持つ力にびっくりしたのか、自民党から学者批判が噴き出した。たいていの憲法学者より自分の方が国の存立のことを考えてきたとか、憲法栄えて国滅ぶの愚を犯すなとか。八つ当たりめいていて、まともな反論になっていない▼長谷部教授も参加する「立憲デモクラシーの会」は24日、全法案の撤回を要求する声明を出した。共同代表を務める山口二郎・法政大教授の会見での言葉に力がこもった。「学問の観点からする安保法制批判は職業上の義務だと考える」▼さて、今度の八つ当たりはメディア向けだ。安倍首相に近い若手議員らの放言である。「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連などに働きかけを」とは驚いた。勧善懲悪の時代劇の主人公にでもなったつもりだろうか▼多くのメディアが権力の動向をウォッチし、必要あればおのおのの立脚点から批判の声を上げる。それこそ「職業上の義務」にほかならない。憲法が保障する言論の自由や表現の自由、そして学問の自由に対する軽視や無理解が甚だしい▼議席の数は万全なのに、世論の風向きが思うに任せない。異論への過剰な反応は不安のあらわれか。頭に血、ではなく、知を。そう願いたい


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2015年5月17日 (日)

2015.05.17

5月17日の作品


<作品>

決して忘れてはならない日付がある。5月15日もその一つ。1932年のこの日、犬養毅(いぬかいつよし)首相が青年将校らに暗殺された。5・15事件である。これを機に政党内閣は途絶え、時代は軍部独裁へと暗転していく▼歴史の岐路となったまさにその日付で、安倍政権が安全保障関連の法案を国会に提出したことをどう受け止めるか。憲法9条に基づく平和国家としての針路を大きく曲げる内容だ。憲法学界の重鎮、樋口陽一さんは問うた。「それほどに挑戦的なのか、あるいは5・15などご存じないのか」▼おとといの記者会見でのことである。集団的自衛権についての憲法解釈の変更に反対してきた有識者が集い、安保法制の撤回を求めた。日付をめぐる政権の意図はどうあれ、国民みんなで憲政史を思い出そうという樋口さんの呼びかけが重く響いた▼もう一つのことにも樋口さんは注意を促した。憲法43条だ。国会議員は「全国民を代表する」とある。議員は国民全体の代表であって、政党や会派といった一部分を代表するのではないということを意味する▼現実には各党が所属議員の賛否を縛る。しかし、本来は議員一人ひとりが己の良心に従って独自に判断すべきなのだ。「だからこそ国会での討論というものが意味を持つ」という指摘に襟を正す▼歴史の教訓と、議会制民主主義の本旨と。この二つを心に留めつつ今後の論戦を見つめよう。与党の多数が揺るがない国会とはいえ、国の針路を最終的に決めるのは有権者なのだから


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2015年4月21日 (火)

2015.04.21

4月21日の作品


<作品>

人の世において出処進退は難しく、地位に恋々(れんれん)として晩節を汚した人は少なくない。〈散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ〉。細川ガラシャ夫人の辞世の歌がよく口に上(のぼ)るのも、引き際の難しさゆえだろう▼サラリーマンには定年がある。作家の安部公房が、定年のことを「世間公認の成功率百パーセントの殺し屋」と表現していた。穏やかならぬジョークだが、もちろん職場から消えるという意味である▼暦が決めてくれる引退と違い、スポーツ選手は悩むようだ。芸能や芸術に比べて盛りは短く、円熟とは衰えを抱え込むことと同義といえる。去就の葛藤(かっとう)は凡人には計り知れない▼サッカーの三浦知良(かずよし)選手の、素晴らしいゴールだった。48歳で現役を続ける元日本代表の花形は、日曜のJリーグ2部の試合で自身の持つ最年長得点記録を更新した。ピッチの外の話がいい▼1週間前の日曜、野球解説者の張本勲さん(74)がテレビで「もうおやめなさい。若い選手に席を譲ってやらないと」と発言し、物議を醸(かも)した。聞いた三浦選手は「もっと活躍しろと言われているんだなと思った。激励されたと思って頑張る」と語っていた▼感心した張本さんが「あっぱれ。ふつうはクレームをつける」と試合前に番組で讃(たた)えると、応えるようにゴールを決めた。とかく売り言葉に買い言葉、悪態の応酬の多いご時世に、一吹き、さわやかな風が渡っていった。かっこいいとは、こういうことだ。まだまだ散るべき時にあらず

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2015年4月 8日 (水)

2015.04.08

4月8日の作品


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子どもの頃の時間はゆっくり流れる。大人になると時間はたちまち経過する。なぜだろう。信州大の山沢清人(やまさわきよひと)学長は4日の入学式で、脳科学者の言葉を引いた。「周りの世界が見慣れたものになってくると、時間が速く過ぎ去っていくように感じられる」▼なるほど見るものすべてが新鮮な子どもと、大人との違いは明らかだ。だから山沢さんは学生に「自力で時の流れを遅くする」ことを勧める▼新しいことを学び続ける。新しい場所を訪ねる。新しい人に会う。すると脳の取りこむ情報量が多くなり、時間はゆったりしてくる。それが創造的な思考を育てることにつながるのだという。学びへの、遠目が利いたいざないである▼こちらはどうも近いところばかり見ているのではと感じられる。来年度から使われる中学校教科書の検定結果が、おととい発表された。領土問題や歴史認識で、日本政府の見解や立場についての記述が増えているのが特徴だ▼だが、政府見解といっても政権が交代すれば変わりうる。自国だけでなく、他国の主張も知らなければ理解は深まらない。検定基準の改定を含め、その意向を反映した教科書にしたいという安倍政権の思いが前に出すぎていないか▼息苦しさは学びにふさわしくない。京都大の山極寿一(やまぎわじゅいち)総長はきのうの入学式で、世界は答えのまだない課題に満ちていると述べた。失敗や批判に楽観的であれ、「異色な考え」を取り入れよ、と。広々とした心持ちで、ゆったりと学びたいものである


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2015年4月 6日 (月)

2015.04.06

4月6日の作品


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沖縄の墓は大きい。詩人の山之口貘(ばく)が故郷の墓について書いている。一種の建築物のようなもので、内部は広ければ10畳ほどあり人が立って歩けると。その随筆には、墓の中にむしろを敷いて、三味線に似た三線(さんしん)を奏でる人が出てくる▼きのうは二十四節気の清明だった。天地が明るく、清々(すがすが)しい空気に満ちてくるころ。沖縄では「シーミー」と呼び、この季節に親族そろって墓参をする。「重箱の御馳走(ごちそう)をひろげ祖先の霊達とのおつきあいをするのである」と貘さんは書く▼沖縄では俳句の季語に「清明祭」があって、墓前で親族が絆を深める内容の句が多い。大切な年中行事の一つだが、代々の墓が米軍基地内にある人たちもいる。許可をもらって入り、供養するのだという▼普天間飛行場では、今年は12日の朝9時から夕4時まで許可になるそうだ。それも年に1度。こんな墓参りがあるだろうか。取り上げられた土地は返還されるのが当然で、辺野古への移設は筋が違う――翁長雄志(おながたけし)知事の主張は胸に届くものがある▼知事と政府の菅義偉(すがよしひで)官房長官が会談をした。歩み寄る一歩か、背を向けて離れる一歩なのか、よく見通せない。少なくとも国側は、会ったことをもって強硬姿勢の免罪符としてはなるまい▼沖縄はいま、「うりずん」の響きもうるわしい若夏のとき。しかし70年前、この季節に悲惨な沖縄戦は始まった。歴史の縦糸の先に基地の問題がある。国土の0・6%にすぎぬ島に押しつけてきた、負担の総量を思いたい


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2015年3月31日 (火)

2015.03.31

3月31日の作品


<作品>

心浮き立つ春は、省察に引き戻される季節でもある。忘れられないこと、忘れてならないことの多い3月の言葉から▼渡辺英莉(えり)さん(22)の宮城県七ケ浜(しちがはま)町の家は津波に流された。祖母と逃げる途中、波に足を取られ、手を離してしまった。その悔いは今も残る。「この痛み、一生消えてほしくないんです。ばあちゃんとずっと一緒にいる感覚というか……」▼大阪市の應典院(おうてんいん)は、生きづらさを抱えた若者が集う寺。オウム真理教の地下鉄サリン事件から20年を前に秋田光彦住職(59)が語った。「若者がどう転化するかは、問いかけたり悩んだりできる『余白』の場が社会にあるかどうかで左右される」▼春成幸男(はるなりゆきお)さん(89)は、火柱の噴き上がる下町に消防車で向かった。70年前の東京大空襲の日。遺体を見ても「何も感じない。空襲に慣れてしまって、もう、こういうもんだと。ただ、この戦争には勝てない。そうはっきり思っていました」▼ドイツはナチスの時代ときちんと向き合った――。来日したメルケル首相は言い切った。安倍首相と並んだ会見でも「過去の総括は和解のための前提になっている」▼6年生は1人だけ。原発事故で一時、全村避難した福島県川内村で卒業式があった。気詰まりな1対1の授業を先崎(せんざき)里美先生(38)のひと言が和らげてくれた。「お互いがんばるの、もうやめっぺ」。秋元千果(ちか)さん(12)は式で語った。「1人だけど、1人ではない。淋(さび)しいけれど、かわいそうではない」。希望にあふれた旅立ちだ


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2015年3月22日 (日)

2015.03.22

3月22日の作品


<作品>

「カミソリ」と恐れられつつ「非戦」を唱え続けたのが、故後藤田正晴(ごとうだまさはる)氏だ。政界引退後も存在感があった。1997年、満50歳になった日本国憲法に本紙への寄稿で触れ、「よくぞ育ってきた」との感慨を記している▼改憲を党是とする自民党にあって性急な議論を戒めた。「おれたちが生きている間はあかんよ」。先の戦争を記憶する人々が多く健在な中で、平和主義を貫く9条を変えれば日本はアジアで孤立する、と。「加害者の立場の経験」から出る重い言葉だった▼9条改正が近隣諸国から冷静に受け止めてもらえるようになるのは2010年あたり。最低限、そこまで待て――。後藤田氏はそう説いた。氏は05年に亡くなり、目安とした年からも5年が過ぎた▼さしものカミソリも、すべてお見通しとはいかなかったようだ。記憶は世代を超えて継承される。歴史認識で中国、韓国との溝はなお深く、改憲への警戒感も根強い。いま存命なら何を語るだろう▼歴代内閣が従ってきた9条の解釈を、安倍内閣は昨年変えた。他国が攻撃された時に日本が反撃する集団的自衛権は行使できない、としてきたのを、できると反転させた。この新解釈に基づく安保法制の枠組みに与党がおととい合意した▼自衛隊の海外活動を大幅に広げるという。危うすぎる選択だ。後藤田氏は憲法解釈の変更にも反対だった。内閣が自由に変えられるものではない、と。出発点である解釈変更について、粘り強く非を鳴らし続けていく必要がある

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2015年3月17日 (火)

2015.03.17

3月17日の作品


<作品>

「歩」という字は、足跡の形を組み合わせたものらしい。足を地に接して歩くことは、土地の霊に接する方法であったと白川静さんの著書に教わった。その「歩」を競う競技は、急ぐときは駆け出したくなる人間の本能を封印するように、ゴールをめざす▼競歩は19世紀の欧州で盛んになった。両足が同時に地面から離れてはならず、接地する前脚は真っすぐでなければならない。厳密なルールを守りながら、選手たちは速さを競う▼男子20キロのレースで、27歳の鈴木雄介選手が世界記録を塗り替えた。日本人としては、陸上五輪種目では女子マラソンの高橋尚子さん以来14年ぶり。男子に限れば、同じくマラソンの重松森雄さん以来、実に50年ぶりという快挙である▼マラソンや駅伝を意識してか、「テレビで全国中継されるようになってほしい」と本人は言う。「急激なペースの上げ下げとか、レースそのものが意外と面白いんですよ」。その通りだろうと思う▼不動産広告の「駅から歩いて○分」の表示には、1分に80メートルという公的な決まりがある。鈴木選手の記録は1分に260メートルを超える。無駄をそぎ落とした美しいフォームは、ほれぼれするようなスピード感だ▼手もとの辞書には見あたらないが、競歩と同音の「強歩」という語がある。学校などで長距離を、ときに夜通しで歩く行事をいい、「涙の完歩」を青春の記念碑にしている人もおいでだろう。歩くという動作、素朴ながら奥は深い。競歩への関心が広まればいい。

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2015年3月12日 (木)

2015.03.12

3月12日の作品


<作品>

気はやさしくて力持ち。そんなお相撲さんのしこ名にも聞こえる。「命山」と書いて「いのちやま」と読む。土を盛り上げて人工の高台をつくり、津波からの避難場所にする取り組みが注目されている▼静岡、愛知、三重など東海地方で目立つのは、南海トラフ地震への不安と備えだろう。いずれは起きるとされる巨大地震の被害想定はすさまじい。最悪に最悪を重ねてだが、この3県で犠牲者は計17万人にのぼる。その多くは津波によるものだ▼命山は、江戸時代から伝わる。今の静岡県袋井市で、台風による高潮で多くの死者が出た。その教訓から、逃げ場となる小山を二つ築いたという。山は歳月に耐えて残り、県の文化財になっている。古人の知恵は素朴にして理にかなう▼東日本大震災は、逃げることの大切さを教訓に残した。避難を迷ったり、ものを取りに戻ったり、もう10秒、あと10メートルで生を阻まれた人もあろう。命山の名には、無念の涙を忘れまいとの誓いが、おのずとこもる思いがする▼古来の災害を調べている歴史学者の磯田道史(みちふみ)さんが、現在は「災後」ではなく「災間(さいかん)」だと言っていた。有史以来この列島に地震は絶えず、阪神と東日本の間はわずかに16年。言われて思えば「阪神から10年」は「東日本まで6年」だった▼きのう3月11日、各地は追悼の祈りに包まれた。家も故郷の町並みも無論大事だが、一番は命につきると痛感させられる。命山に限らない。硬軟の策を織り交ぜ、人を守る備えが欠かせない

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«2015.02.23

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