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2012年8月

2012年8月31日 (金)

2012.8.31

8月31日の作品

<作品>

ニホンカワウソの絶滅が告げられ、野生ハマグリはその危惧ありとされた。メダルに沸き、領土で揺れるひと夏の喧噪(けんそう)の陰で、小さな命が消えてゆく。生きることを考える8月の言葉から▼広島も長崎も67年。長崎市生まれの作家青来有一(せいらい・ゆういち)さん(53)は、「被爆の痕跡はいよいよ少なくなってきた……土地の記憶は失われていき、なんだかつるんとした顔になっていく」と記した。「わずかなほころびのようなもの」を残したいと▼「いじめ自殺」への対応に不満を抱く大学生が、大津市の教育長を襲った。『ネットと愛国』の著者、安田浩一さんは「今、社会には『正義』の名の下に加罰感情を沸騰させる空気が濃密にある」と警告する▼中国の作家戴晴(タイ・チン)さん(71)はデモに訴える民衆心理を推し量る。「抗日でも環境でも、騒ぎを起こさないと政府は耳を貸さない。物を言いたい人たちは車をひっくり返し、役所に押し入るしかない。ある意味で清朝末期に似ています」▼「東電社員には危機感が乏しいように思う。原発事故の被害者の痛みが、あの時の日航社員のようには共有されていないのか」。ジャンボ墜落から27年。事故現場の群馬県上野(うえの)村、神田強平(きょうへい)村長の心配だ▼北九州市の節電実験で、値上げ世帯の使用が平均16%も減った。実験に関わる関宣昭(のりあき)さん(61)は「足りないと言うが、今までが必要以上に使うメタボ状態。適正値は、国や電力会社ではなく消費者が決める」。脱原発の覚悟を問うて、いましばらくの残暑である


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2012年8月30日 (木)

2012.8.30

8月30日の作品

<作品>

レストランの客が言う。「このステーキ小さいね」。店主は「大きいのがよろしければ、次から窓際へどうぞ」。外から見える席は客寄せの広告、という笑い話である。はかま満緒(みつお)さんの本からお借りした▼国会という高級レストランの窓際で、民主党と自民党が殴り合っている。この「逆宣伝」で客足は遠のき、近日開店の「大阪維新の会」に黒山の人だかり――。今の政治状況はそう例えられようか▼「近いうち解散」を遅らせたい民主と、早く総選挙がしたい自民。消費増税では組んだ両党だが、野田首相への問責可決で対立が決定的となった。党略うず巻く国会は、定数是正の宿題を放り出し、毎度の開店休業に入る▼これでは、与野党で大阪維新を応援しているも同じだ。維新の橋下代表は、定数削減でも「衆院半減、参院廃止」と歯切れよい。国会が無様を重ねるほど、橋下流の「激辛公約」が有権者をとらえる▼維新は、合流を望む国会議員を招いて討論会を催すという。「客引き」せずとも票と現職が転がり込むのだから、橋下氏が「いよいよ面白くなる」とご満悦なのも当然だ。その弁舌はさておき、二大政党の評判が地に落ちた時に「開店」する強運、空恐ろしい▼私たちは議会政治の「幼児化」を目撃している。高級店の窓際で恥をさらす子どもらは、勘定を持たされる国民が一喝するしかないが、さて、どう反省させよう。「激辛」でお仕置きか……。自信をもってお勧めできる叱り方が、なんとも浮かばない


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2012年8月26日 (日)

2012.8.26

8月26日の作品

<作品>

近ごろの若い者は、に続けて「東郷平八郎と東条英機の区別もつかない」などと嘆かれた覚えが筆者の世代にある。戦争への無知と風化は、そのころから心配されていた。いまや先の戦争はむろん、冷戦時代を知らない世代が大人になりつつある▼時はただ過ぎに過ぎる。戦争を伝え継ぐ難しさをあらためて思う夏、『孫たちへの証言』という戦争体験集を今年も送っていただいた。前にも書いたが大阪で毎年刊行され、この夏で第25集をかぞえる▼出版社を営む福山琢磨(たくま)さん(78)が損得抜きで編集してきた。毎年、全国から原稿を募集して丹念に目を通す。掲載候補を選び、一つひとつ、手紙や電話で問い合わせて筆を入れていく。頭の下がる根気仕事だ▼四半世紀の応募は1万6千編を超え、収録は1989編におよぶ。今年の一冊には67編が載った。戦陣訓を守って命を絶った従軍看護婦、機銃掃射を浴びて校庭で死んだ児童――戦争の実相は大所高所より細部に宿り、庶民の戦争録はずしりと重い▼だが今年、福山さんは気がかりだ。応募が過去最低の259編に減った。前年は661編あり、千編を上回った年も多い。高齢化に加え、震災など社会や政情の不安が気力を殺(そ)いでいるのか。激減をどう読み解けばいいか、考えあぐねている▼記憶は消えるが記録すれば生き続ける。ひらがな一字の違いに福山さんは志と熱を注いできた。気を新たにして次の募集を始めるそうだ。風化にあらがう背中に、後続の世代は教えられる


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2012年8月24日 (金)

2012.8.24

8月24日の作品

<作品>

喫煙していた遠い日の話である。いつもの銘柄を切らし、いやしく一本もらうのはたいてい「マイルドセブン」だった。それほど売れていた。35年前に登場したこのロングセラーが、名を「メビウス」に改める▼一因は、たばこの商標をしばる欧州連合(EU)の規制らしい。EUは2003年、体に優しい印象を与えるマイルド、ライトなどの使用を禁じた。日本たばこ産業(JT)は、欧州に挑んで間もないマイルドセブンを泣く泣く回収したものだ▼騒ぎを現地で取材した。JTは「マイルドセブンはひとつながりのブランド」と反論したが、EU側は「マイルドの名がそれほど大切なら、欧州ではヨーグルトにでも使えば」と冷たかった▼EUは、世界市場に開かれた高級たばこのショーウインドーだ。国内無敵の品が不戦敗では惜しいと考え直したか、JTは味を変えずに、内外とも新名のパッケージで売り出すという。伝統の名を捨ててでも、世界一を争う銘柄に育てる覚悟がのぞく▼健康志向と増税の末に、日本の喫煙率は20%を切った。あれほど吸っていた男性も、スモーカーは3人に1人。▼JTが海外に活路を探るのは、国内市場の先細りをにらんだ苦肉の戦略といえる。ブランドの変更も理にかなうが、欧米のたばこ包囲網は狭まる一方で、高い成長を見込める国は限られる。かくして手を替え品を替え、時には名も変えて、紫煙は途上国へと流れてゆく


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2012年8月21日 (火)

2012.8.21

8月21日の作品

<作品>

「魚というやつは面白い」と食通の魯山人(ろさんじん)は言う。「じっと目を放さずに見つめていると、なかなか焼けない。ちょっとよそ見をすると、急いで焦げたがる」。無人の領土も似ていて、政治が「放置」してきた尖閣諸島が黒煙を上げている▼香港の活動家に続いて、日本の地方議員ら10人が魚釣島(うおつりじま)に上がった。純然たる日本の領土で、日本人が日の丸を振る。「何が悪い」と言いたいところだが、日本政府の懸念通り、中国側が収まらない▼国営テレビが伝える「右翼上陸」の報に、かねて準備の反日デモは20を超える都市に広がり、地方では日本車や日本料理店が壊された。「公安」と大書されたパトカーもひっくり返った▼ネットで増幅された大衆の不満は、たやすく体制へと向かう。世代交代を控えた指導部は、弱腰批判をかわすため、外交、軍事の両面で日本に強く出ざるをえないだろう。孤島の黒煙は、日中関係という燃えやすい木造家屋を炎上させかねない▼豊かな海底資源を知った中国が、尖閣の領有権を言いだして約40年。日本政府は先方を刺激せぬよう、島に触らず触らせずできた。少しでも領有の実績を重ねていたら、と思う。韓国は頼まれもしないのに、わが竹島を「開発」している▼官民の挑発合戦は、領土問題をこじらせるだけだ。折しも、日中韓そろって政権の変動期に入る。歴史問題を含む極東の戦後に終止符を打つべく、3国は腹を割って仕切り直す時だろう。沈着と決然の火加減が、いよいよ難しい。


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2012年8月20日 (月)

2012.8.20

8月20日の作品

<作品>

ベトナム戦争のころ、米軍が高性能の攻撃用ヘリを作り、開発にかかわった技術者らがどんなパイロットを乗せるか合議した。結論は、「理学系博士課程の学力があり、五輪選手級の運動神経を持つ、自殺志願の男性」。航空自衛隊医官や早大教授をつとめた故・黒田勲さんから聞いた話だ▼性能を高めたいあまり、危険で操縦の難しい航空機を作りたがる。そうした軍幹部や技術陣への皮肉として語られていた話らしい。垂直離着陸で売るオスプレイを、いやでも連想してしまう▼4月にはモロッコで墜落事故を起こした。予想通りと言うべきか、米軍は先日、主原因は操縦ミスだったと公表した。操縦士の失点にして一件落着させるのは、昔の事故調査を見る思いがする▼機体に問題はなく、要するに「操縦士がしっかりしていれば事故は起きなかった」という結論だ。だが機体の問題とは、何かの不具合だけではあるまい。ヘリと飛行機の二兎(にと)を追った設計である。どこか飛行に無理があるなら、それ自体が問題をはらんでくる▼ヒューマンエラー研究の草分けだった黒田さんは「人間のせいにすれば対策は安くなる」と指摘していた。たとえばの話、「しっかりやれ」と指導すれば格好はつく。だが、むろん抜本的な対策ではない▼ともあれ、これで「安全は確認された」と肯(うなず)けるものだろうか。沖縄の普天間飛行場は市街地が隣接して「世界一危険な基地」と言われる。10月配備の台本に沿って事を進めるなら、乱暴にすぎる


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2012年8月19日 (日)

2012.8.19

8月19日の作品

<作品>

暦の上の立秋は早いが、お盆を過ぎると暑さも「残暑」の名が似合ってくる。あざやかだった緑も心なしか黒ずんで、人にも景色にも夏の疲れが浮いている。ゆく夏と競走するように蝉(せみ)の合唱ばかりが近所の公園林でかまびすしい▼〈蝉は鳴く 神さまが竜頭(ねじ)をお捲(ま)きになつただけ/蝉は忙しいのだ 夏が行つてしまはないうちに ぜんまいがすつかりほどけるやうに〉。三好達治の詩に思わずうなずく蝉時雨(しぐれ)である。炎天の蝉声(せんせい)は暑さを割り増しにする▼それとは逆に、「涼」の字を見ると体感温度が下がる気になると先に書いたら、いくつか便りを頂いた。淡い墨で「涼」と大書されたはがきは、眺めて風が吹く心地がした。凉(すず)さんという女性からのお手紙もあった▼さんずいではなく、にすいの凉だが意味は同じだ。旧姓は谷川さんだそうで、「何より夏向きの名前です」。高齢とおぼしき男性は「たたずまいやセンスの涼しい人に憧れる」と書いていた。達筆の文面に、唐突だが向田邦子さんのエッセーが脳裏に浮かんだ▼その涼やかな一節。「水羊羹(みずようかん)の命は切口と角(かど)であります。宮本武蔵か眠狂四郎が、スパっと水を切ったらこうもなろうかというような鋭い切口と、それこそ手の切れそうなとがった角がなくては、水羊羹といえないのです」。見事なセンス、水羊羹を買いに走りたくなる▼今週もきびしい残暑が続くという。心身双方で涼を味わいながら秋の便りを待ちたいものだ。体をいたわり、蝉は鳴くに任せておいて

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2012年8月10日 (金)

2012.8.10

8月10日の作品

<作品>

式は今年も、被爆者の合唱団「ひまわり」の歌で始まった。●もう二度と作らないで わたしたち被爆者を――(●は歌記号〈いおり点〉)。メンバーの胸に咲く黄色の大輪は、脱原発の集会でもなじみの花である▼原爆の日を迎えた長崎。田上富久(たうえ・とみひさ)市長は平和宣言で、去年に続き原発事故に触れた。「放射能に脅かされることのない社会を再構築するため、新しいエネルギー政策の目標と、そこに至る明確な具体策を示して下さい」▼広島市長も、先の宣言で「市民の暮らしと安全を守るエネルギー政策」を求めた。傷あとに根ざす被爆地からの訴えは重い。放射能の恐ろしさを知り尽くす人と土地がいま欲するのは、原子力を「乗り越える」ことではないか▼「第三のヒバク地」福島も、広島、長崎との連帯に動く。両市は放射能の怖さを語る証人であり、復興の目標でもある。炎暑に巡り来る二つの式典は、平和とともにエネルギーの将来に思いをはせる日となった▼被爆者の平均年齢は80歳に迫る。「もう二度と」の願いは、あろうことか国内で裏切られた。核の真実、本質を肌に刻んだ人たちが元気な間に、太陽光なり風力なり、生き物に優しい自然の恵みを「一人前」の資源に育てたい▼長崎からの放送を、エアコンのない部屋で見た。うまい具合に涼風が吹くこともなく、セミの合唱だけが網戸を抜けてくる。節電が習いとなり、暑さには多少の免疫ができた。世にそれがあるうちが大転換の好機となる。少なくとも、何十年という悠長な話ではない


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2012年8月 9日 (木)

2012.8.9

8月9日の作品

<作品>

立秋すぎて暑いのはいつものことだから我慢しよう。五輪や甲子園が熱いのも当たり前。どうにもならないのが永田町の不快指数である。消費増税案の採決をめぐる駆け引きが、またぞろ政争に転じた▼総選挙を待ちきれない自民党は、野田首相に早期解散の確約を迫る。さもないと増税の合意はご破算だと。党首会談の結果、増税法案の成立と「近いうち」の解散で合意したが、その時期はどうにでも解釈できる。選挙が怖い民主党内では「野田おろし」の気配もあるらしい▼消費増税は世論を二分する苦い政策だ。だが、これほどの財政赤字を放置すれば国家の信用が揺らぐ。決められない政治に、市場は「日本売り」の準備を始めよう。金利は上がり、住宅ローンや景気に響きかねない▼そもそも、借金を子や孫に回す生き方を省みる時である。自省の末とみえた3党合意が、ひと皮むけば政局とは呆(あき)れる。一に当選、二に入閣、三四がなくて五にゴルフ、そんな「旧型」議員が多すぎないか▼来(きた)るべき政界再編では、複数の「政策党」と一つの「政局党」に分かれてほしいものだ。政争が好きな政局党はそのうち消えてなくなる。政界に未練のある議員は、縁のある政策党に選挙対策の「軍師」として雇われたらいい▼〈政治家の顔みたくなき暑さかな〉三上触男(ふれお)。さすがに脂ぎった面相は減ったけれど、していることが古臭い、そして大人げない。政権交代の予感に満ちた3年前の熱はどこへやら、ひたすら暑苦しい夏である


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2012年8月 8日 (水)

2012.8.8

8月8日の作品

<作品>

ロンドン発の映像は夕刻から生(なま)に切り替わる。仕事を終えてテレビに向き合い、そのまま未明までというスポーツ好きも多かろう。次は日中、高校野球ファンがそわそわする番である。「夏の甲子園」が始まる▼週刊朝日の増刊号に、興味深いデータがある。平成以降の23大会を集計すると、8回裏の得点が最も多いというのだ。次が9回表。終盤もつれるのは、疲れのせいだけではない。勝ちを急いでの四球や失策、勢いづいてのつるべ打ちなど、若さゆえの「心の振れ幅」が数字に透ける▼晴れの舞台には女神もいれば魔物も棲(す)み、両者が組んず解(ほぐ)れつとなるのが8回から9回らしい。負けたら終わりの戦いは、思わぬ頑張りを球児から引き出す。最後まで目が離せない理由だ▼五輪でも同世代が輝いた。400メートル個人メドレーで銅メダルの萩野公介さん(17)は「すごい夏休みでした」と語る。怪物フェルプス選手らとの戦いは、何ものにも代えがたいはずだ。体操の寺本明日香(あすか)さん(16)は大舞台にも動じない演技で、次代のエースに躍り出た▼伸びるのは勝者だけではない。真剣勝負は敗者も大きくする。手加減を知らぬこの季節、まぶしい光も、濃い影も、伸びしろが大きい若者にはすてきな経験である▼山あり谷ありの人生こそ、筋書きのないドラマといえる。いま6回裏あたりの当方、心躍る攻防もないまま、きのう抽選のジャンボ宝くじはまた外れた。せめて寝不足の目をこすり、若々しい一投一打に精気をもらうとする


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2012年8月 6日 (月)

2012.8.6

8月6日の作品

<作品>

足元のアリが目にとまることがある。踏みたくはないが、人の想像力は知れていて、靴の裏で起きるアリの悲劇には思いが至りにくい。67年前の原爆投下は、人をアリと見る所業だった▼かつて米国の博物館が企画した原爆展は、地上の惨状を紹介しようとして退役軍人らにつぶされた。担当者は「彼らは原爆投下を(爆撃機が飛ぶ)3万フィートの高さから見ようとしている」と嘆いたそうだ▼広島が死んだ日、原爆をつくった科学者たちはパーティーに興じた。設計通りに爆発したことのお祝いである。なんという想像力の欠如。救いは、自責の念から木陰で吐いていた若手がいたことか(文春新書『父が子に教える昭和史』)▼ウラン型の「成功」に続き、3日後には長崎でプルトニウム型が試された。科学者は核分裂のエネルギーを制御できたと喜んだが、最後は手綱を解いて暴れるに任せるのが核兵器だ。実際、見込み違いもあった▼原爆の破壊力のうち、開発陣は衝撃波に重きを置いたとされる。だから放射線と熱線の殺傷力を知って驚いた。「起きたことは私たちの想像をはるかに超えていた」と。乾いた述懐に、日本人として平静ではいられない▼翻って原発の制御は、廃炉まで暴走させないことに尽きる。事あれば国土の一部が失われ、放射線におびえる生活が待つ。福島の教訓は、核は飼いならせる代物ではないということだ。故郷を追われた人々に思いを致し、誰もが核被害者の、いわば「アリの目」を持つ時だと思う


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2012年8月 3日 (金)

2012.8.3

8月3日の作品

<作品>

夏のオリンピックは閏年(うるうどし)にめぐり、どの大会を最初に記憶しているかで世代がわかる。筆者の場合は東京五輪で、白黒テレビにかじりついた。その五輪が残していった流行語「ウルトラC」はすっかり定着し、辞書にも収まっている▼地元開催に向けて、日本の体操男子がひそかに開発していた技(わざ)を、そう呼んだのが始まりらしい。当時の難易度はA、B、Cのみで、最難のCを超える究極の大技を意味した。以来48年、いまや技はD、E、FはおろかGにまで進化した。繰り出される超絶美技にメタボ世代は感嘆するほかない▼そのG線上で競われた男子の個人総合を、内村航平選手(23)が制した。かつてはお家芸だった体操だが、その王者とも言うべきこの金メダルはロス五輪の具志堅幸司さん以来28年ぶりという▼北京では個人総合で銀だった。「まだ色が違うので(伝統を)継げたとは思っていない。4年後、ロンドンでの課題です」と内村語録に残る。言葉どおりの見事な「お色直し」は、長い空白を埋める栄冠になった▼金メダルには、文字どおりの「勝者」に与えられる光輝がある。もちろん銀も銅も素晴らしい。だが勝負の実質となると、1人の勝者と、多くの敗者である。内村選手の金は、それを印象づけるゆるぎない強さが光っていた▼ロンドンでは連日、研ぎ澄まされた肉体と精神が躍動している。4年に一度だけ出現する夢舞台で、勝者は輝き、力を尽くした敗者もまた美しい。真剣勝負が、見る者を熱くする


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2012年8月 2日 (木)

2012.8.2

8月2日の作品

<作品>

水俣病の研究に尽くし、被害患者と向き合ってきた医師の原田正純さんは生前、「見てしまった責任」をよく口にした。青年医師の頃に現地に入り、人間らしい尊厳を奪われた被害者を目の当たりにする▼病気のひどさはむろんだが、貧困や差別に衝撃を受けた。救済されるべき人たちは、貧乏の底で、雨戸を閉めて隠れるように生きていた。以来、この6月に77歳で亡くなるまで、水俣に一生をかけてきた。これほど純粋で胸に迫る「責任」の果たし方があろうか▼ひるがえってこの国である。多くの反発があるなか、政府は水俣病被害者救済法に基づく救済策の申請を7月末で締め切った。加害責任と救済責任を過去のものにするために、救済の「最終列車」を仕立てて、申請者を駆け込ませた印象だ▼だが、乗れなかった人も多いはずだという。被害の広がりは今もはっきりしない。なのに、地域や年齢で対象者を限った。さらに偏見への心配から申請をためらう人がいるからだ▼以前は集落ぐるみの「患者隠し」もあったと聞く。高齢の元漁師が本紙に語るところでは、「最近まで、うちんとこから水俣病を出すわけにはいかん、という空気があった。隠さんばいかんじゃった」。今回、悩んだ末に窓口に来た人が少なくない▼原田さんは亡くなる前に、「国などは『もう終わり、もうよかろう』という態度だが、終わらんよ」と言っていた。責任をほうり出して幕引きに走る図に、原発事故の今と将来を重ねていたに違いない。


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