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2012年11月

2012年11月30日 (金)

2012.11.30

11月30日の作品

<作品>

こんなに政党が生まれ、かつ消えた月はたぶんない。党員や綱領を欠いた、うたかたの止まり木を政党と呼べばの話だが。「ばか正直解散」で衆院議員が浮草になった、11月の言葉から▼「初めて本格的な政権交代が起こり、今はその実験の途中。政党間に差がないなかで小異を競う状況だと、いったんは多党乱立になる」。評論家の塩田潮(うしお)さんは、そこから二大勢力に結集していくと見る▼いくつかを「卒原発」で束ねた嘉田由紀子滋賀県知事が「びわこ宣言」。「重い責任を感じることなく、経済性だけで原子力政策を推進することは、国家としての品格を失い、地球倫理上も許されない」▼福島市の幼稚園主任、伊藤ちはるさん(40)が、園児を外に出せないつらさを福岡で報告した。「ナシ狩りもだめ、運動会、発表会など、これまでとの変化、変化、変化に、室内でどうするかの工夫、工夫、工夫でした。どうせやるなら楽しくと」▼「自然が許容する範囲でしか生きられないと気づいた」。被災地、宮城県南三陸町の後藤一磨さん(65)は広島大で講演。「文明への過信によって奪われたものがある。その一つが原爆投下。震災も忘れないでほしい」▼総選挙の意義を問われた前の防衛大学校長、五百旗頭真(いおきべまこと)さんは、苦い教訓として満州事変に沸いた世論に言及した。「社会が行き詰まり、もう耐えられないとなった時、新しいものなら何にでも飛びついてしまう傾向が日本にはある。ジリ貧を逃れ、ドカ貧に跳躍する病気です」

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2012年11月28日 (水)

2012.11.28

11月28日の作品

<作品>

電卓をたたいて、意外に小さいと思った。滋賀県の面積に対する琵琶湖の割合である。県地図に開(あ)く青い大穴は3割を占める趣なのに、実は17%弱。淀川流域1500万人の水を賄う存在感が大きく見せるのだろう▼水がめの番人、滋賀県知事の嘉田由紀子(かだゆきこ)さん(62)が、卒原発を掲げて「日本未来の党」をつくる。京大在学中から琵琶湖を愛する環境社会学者でもある。若狭湾の原発群で大事故があれば、水源が汚染されるとの危機感が原点にあるらしい▼脱原発を訴える各陣営で、発信力が高そうなのは日本維新の会の橋下徹氏だった。ところが、石原慎太郎氏を代表に迎えるにあたり、橋下氏の歯切れは悪くなる。「仲間を失った」という思いが、嘉田さんの背中を押したようだ▼新党の動きに早速、小沢一郎、亀井静香、河村たかしの各氏ら、ひと癖ある政治家が呼応し始めた。誰の仕掛けか、生臭くもある。衆院選公示まで1週間、どこも「政策より議席」の実戦モードに入った▼雨後の竹の子の第三極はこれで、「強い日本」を志す維新の会と、嘉田さんを顔に、脱原発で手を握るグループに大別される。彼女が言う通り、福島の事故を受けた初の国政選挙で、原子力の未来がとことん論議されないのはおかしい▼かなりの国民が原発からの卒業を望んでいる。しかし、このまま票が分散しては、思いが政治に伝わらない。関西発が続くが、永田町の力学を離れて選択肢が増えるのはいい。琵琶湖が結ぶ絆も、その一つである。


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2012年11月25日 (日)

2012.11.25

11月25日の作品


<作品>

ハンバーグとカレーライス。小4~中3を対象とした農林中金の調査によると、好きな夕食の「二強」はこのところ安定している。舌が肥える前だから、はっきりした味が受けるのだろうか。むろん大人にも人気のメニューである▼40年ほど前、美食の国フランスで「味覚を目覚めさせる授業」を始めたジャック・ピュイゼ氏によれば、味覚が大人びるのは10歳ごろから。幼児期は、甘くて軟らかいものを欲しがる。体に必要で、快く受け入れられるものを識別する新生児の舌を、子どもは継いでいるそうだ▼「イクメン」には遠かった当方、赤ちゃんの好物など見当もつかない。言い訳めくが、世には、生まれた直後に何を食べているのか判然としない生物が少なくないらしい▼孵化(ふか)して間もないウナギが、主にプランクトンの死骸からなるマリンスノー(海の雪)で育つことを日本の研究者が突き止めた。この魚、なじみ深い割には謎が多く、産卵地がマリアナ沖と判明したのも最近。幼き日の食性は不明だった▼ニホンウナギは絶滅が危惧されるまでに減り、卵から育てる工夫が急がれる。その難所である幼生の好物が分かれば、完全養殖がまた近づく。それは、世界のウナギの7割を食べる日本人の責任でもあろう▼甘辛くて軟らかく、骨がないかば焼きは、子どもの口にも合う。だが品薄の昨今、子連れでうな丼となれば散財である。世界に誇るべき味を末代につなぐため、卵から成魚、そして丼までの道をしっかり整えたい

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2012年11月20日 (火)

2012.11.20

11月20日の作品

<作品>

新聞紙上のたった2行のほめ言葉が、無名だった画家を励まして、押しも押されもせぬ存在に導いた話がある。シルクロードの絵で知られる故平山郁夫さんは20代の終わり、体調の悪化をおして「仏教伝来」を描き、日本美術院展に出品した▼数日して、名高い美術評論家だった河北倫明の院展評が新聞に載る。記事の末尾で「おもしろい味がある」とだけほめていた。平山さんは歓喜する。何度も読み返しては、励みにして描き続けた。「ボクシングでいえばダウン寸前に救われた」と▼その2行がなければ、のちの輝かしい画業はなかったかもしれない。そう思えば、ほめる言葉は大切だ。実際のところ、ほめられることで運動技能は向上するのだという。日本の科学者グループが先ごろ実験の結果を発表した▼キーボードを打つ速さで調べた。1回目を打ち終わった後にほめられた人たちは、2回目の結果が20%上昇した。「ほめて伸ばす」ことの科学的な妥当性が示されたと、グループは分析している▼人間の脳は、ほめられることを報酬と感じ取るそうだ。平山さんとキーボードの実験は、かけ離れているようだが根は同じだろう。芸術も日常生活も、なべて人の営みである▼「三つ叱って五つほめ七つ教えて子は育つ」などと俗言にいう。なかなかの塩梅(あんばい)と言うべきか、中学生も、親にほめられることの多い子は自己否定感が低いという調査結果がある。ほめ上手にして叱り上手。誰もそうありたいと願うところだが、さて


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2012年11月 9日 (金)

2012.11.09

11月9日の作品

<作品>

月を指(ゆび)さしているのに、肝心の月を見ないで指ばかり見ている。つまり、目の先のものにかまけて、ことの本質に目が向かない。分かりやすいからか、似た例えは世界にあるようだ。親鸞にも「汝(なんじ)なんぞ指をみてしかも月をみざると」のくだりがある▼高名な宗祖と暴走大臣を並べるのも何だが、田中真紀子文科相をめぐる騒動にも同じことがいえないか。非難の声は高く、野党からは問責決議の声も上がる。だが政争の具にするばかりでは、指の先の月を見ないことになる▼たとえば、大学を新設するプロセスも一般にはわかりにくい。認可が下りる前から建物が造られて、募集のPR活動が行われる。これを奇異に感じる人も多いのではないか▼大学の設置認可制度の手引を文科省が作っている。見ると、「新規参入のハードルは格段に低くなっている」「不認可とされる事例は極めてまれ」といった文言がある。これでは乱立もやむを得なく思われる▼そして今、総定員が進学希望者より多い全入時代である。独自の試験をせずにセンター試験ですませ、中には学力審査がない大学もある。仮に学生の頭数がそろえばいいという了見なら、学ぶ者のための大学か、経営者のための大学か、わからなくなる▼迷惑きわまる真紀子台風だが、暴君キャラをあげつらって終わり、にはしたくない。政治もメディアも、「文教ムラ」の空にかかる月を、一度よく吟味する必要があろう。教育は国の基(もとい)だから、くすんだ月であってはいけない


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2012年11月 8日 (木)

2012.11.08

11月8日の作品

<作品>

洋の東西を問わず、有言実行の政治は難しい。ケネディ元大統領のスピーチライターだったソレンセン氏が、歴代米大統領の就任演説をすべて調べて、こう皮肉っている。「史上最低の大統領たちが最高に雄弁であることが判(わか)った」。負けていたらオバマ氏も、その仲間入りだったかも知れない▼むろんオバマ氏は最低の大統領ではないが、雄弁が独り歩きしてきた印象は否めない。米大統領は2期目を任されてようやく一人前ともされる。次の4年でアメリカをどう舵(かじ)取りするか、真価が問われることになる▼人種も文化も多彩な3億人が暮らす国に、大統領選挙は4年に1度の求心力をもたらす。人々は候補者に言葉を求め、胸に響く言葉によって連帯を深め合う。「民主主義の祭り」と呼ばれるゆえんだ▼しかし、今回は史上最悪の中傷合戦と言われた。民主と共和、二者択一を迫る悪口(あっこう)のシャワーを浴びて米社会の分裂は深い。勝利宣言で「激しい戦いは国を深く愛すればこそ」と語ったオバマ氏だが、祭りのあと、傷をふさぐのは容易ではない▼オバマ氏の雄弁に戻れば、日本人の胸をゆさぶったのは「核兵器なき世界」だった。もう次の選挙の心配がない2期目には、思った行動がしやすいという。ぜひ広島と長崎を訪れてもらえないか▼就任前から「情けない大統領ならいくらでもいる。真に偉大な大統領になりたい」と語っていた。その願望も昨日の勝利で首がつながった。雄弁という木にみのる果実を、見せてほしい


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2012年11月 7日 (水)

2012.11.07

11月7日の作品

<作品>

とある車のテレビコマーシャルを見てヒヤリとなった。すると天野祐吉さんが、本紙連載の「CM天気図」でやんわりとそれを突いていた。派手によそ見をしながら運転し、あわやぶつかる寸前で自動的に止まる、という宣伝である▼「飛び出すな、車は急に止まれない」なんていう交通安全標語は、これからは余計なお世話になるのかもしれない、と天野さんは言う。その一方で心配する。「安全性が増したことで運転がお粗末になったりすることが、ないとは言えないだろう」▼車の安全性の向上は著しい。自動ブレーキは前方の物体を感知して、時速30キロ以下ならぶつからずに止まるそうだ。装着車は割高ながら、売れ行きはいい▼ブレーキが間に合わないとき、自動でハンドル回避する装置も開発途上にある。まぶたの動きなどで居眠りを検知する装置は、将来は自動で路肩に止める機能も加えるという。他にもあれこれ、至れり尽くせりの助っ人たちだ▼だが、世には「ジェボンズの逆説(パラドックス)」というのがある。省エネ技術が進むと逆に消費が増える、と述べる説だ。平たく言えば、低カロリーのお菓子があると、気を許して食べ過ぎ、かえって目方が増えるという皮肉。車も、せっかくの安全技術が野放図な運転を呼ぶようでは困ってしまう▼今の時代、ケータイにせよスマホにせよ運転中の誘惑は多い。プロが飛ばす旅客機でも自動操縦装置を過信した事故はままある。逆説の落とし穴は意外に広い。そう心得るのが賢明だ


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2012年11月 6日 (火)

2012.11.06

11月6日の作品

<作品>

「象牙の塔」にも例えられる権威や閉鎖性のゆえか、大学は往々、皮肉めいて云々(うんぬん)されてきた。評論家の大宅壮一は、戦後の新制大学を「駅弁大学」と揶揄(やゆ)した。駅弁を売っている駅のある所は大学があるという、急増ぶりへの当てつけである▼その後、「女子大生亡国論」というのもあったし、筆者の学生時代には「レジャーランド化」とたたかれた。むろん、もっと高尚な批評もあって、三木内閣時代に民間から文部大臣になった永井道雄は「いまの学校は西洋の中世末期の教会に似ている」と評したそうだ▼中世の末期、教会は金集めのために免罪符を乱発した。教会が栄えて宗教は衰えた時代といわれる。永井のたとえは、免罪符を「卒業証書」に置き換えて、学校のありようを憂えたものであったらしい▼似たような憂いに、田中真紀子文科相が駆られるのは分かる。いまや大学は全国で800近くに増え、一方で少子化が進む。私大の4割は定員を割って、「広き門」を入ってくる学生の学力はおぼつかない▼それは分かるが、来春開校予定の3校を不認可にしてしまっては「暴走大臣」だろう。一般論で一理あっても、3校に落ち度はない。ちゃぶ台返しをリーダーシップと勘違いしては困る。将来のための変革を言うなら、正面から変えてほしい▼昨今、大学は就職予備校のようになり、本来の教育が空洞化しているともいう。憂える人は多いはずだ。一石投じたのを良しとして、覆水を盆に返す手も、なくはなかろう


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2012年11月 5日 (月)

2012.11.05

11月5日の作品

<作品>

紙上では小欄の右ではじける「しつもん! ドラえもん」が記念の千回を迎えた。この小さな扉からニュースの森に入り、気づけば「皆勤(かいきん)」という読者もおられよう。扉を開けたくなる絵を日々描き下ろす、藤子プロの力業(ちからわざ)にも脱帽だ▼「千つながり」で続けたい。「千と千尋(ちひろ)の神隠し」などで知られるアニメ監督、宮崎駿(はやお)さんが文化功労者に選ばれた。コメントが出色だった。「映画は常に、文化を破壊し、損ねる可能性を持っています。いつも危うい道のりに立っていると自戒し、浮かれないことにします」▼感性に真っすぐ届く作品群は、ひとつ誤ると退廃に転ぶ。映像の持つ力を知り尽くす人ならではの戒めだろう。宮崎アニメや藤子マンガほどのパワーはないが、「危うい道のり」を行く恐れは当方とて同じである▼同僚と分担するこのコラムも6年目にして、それぞれ千本を数える。自戒のリストには「書き写すに足るか」が加わった。千の節目、さらなる精進をお約束する▼京都大学で学生さんに話す機会があった。こんな顔でも小一時間さらしただけで、「親しみがわいた」との感想を多数いただいた。どうやら小欄は、お堅い仙人風が帳(とばり)の向こうで筆を執るイメージらしい▼食わず嫌いもあろうから、小さな好奇心を新聞へと誘(いざな)うドラえもんは格好の入り口だ。「こたえ」を探したら、情報の海に遊ぶもよし、論争の山で悩むのもいい。言葉を踏みしめて分け入るほどに、トトロの森のように深く、豊かな世界が待つ


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2012年11月 2日 (金)

1012.11.02

11月2日の作品

<作品>

手前味噌(みそ)めいてしまうが、朝日小学生新聞がなかなかおもしろい。硬派のニュースも結構あり、先日は1面トップで震災の復興予算を取り上げていた。直接関係のない事業にも使われてやり玉にあがっている問題だ▼奇妙さは子どもにもわかりやすい。文房具を買うのにもらったお金でお菓子を買う。それはまずいと誰でも思う。おかしな言い訳をすれば親の怒りに油を注ぐことも想像がつく。だが悲しいことに、日本の政と官の現実である▼反捕鯨団体の妨害活動への対策(農水省)やら、国立競技場の補修(文科省)やら、えっと驚くのが色々ある。法務省は受刑者の訓練用にショベルカーを購入していた▼言い訳に「受刑者の7割が被災地での就労を希望している」とアンケート結果を示した。ところがそれは、問題になってから慌てて実施したというから呆(あき)れる。法の元締が下手な「アリバイ作り」をやってどうする▼それもこれも、もとはといえば復興基本法が文言(もんごん)巧みに「流用」を認めているためだ。政治家をラッセル車にして霞が関は省益を図り、血税という蜜壺(みつつぼ)に巧妙にストローを突っ込む。共存共栄の体質は、国家的な危機にも変わらないらしい▼そして、より大きい蜜壺にも舌なめずりの目が光る。消費増税は財政再建と社会保障のためだったはずが、抜け目ない付則が加わって、諸々(もろもろ)の事業が割り込む気配だ。大借金をゆくゆく背負うのは小学生新聞の読者世代。未来からの怨嗟(えんさ)の声は、加齢による空耳ではない。


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