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2013年2月

2013年2月27日 (水)

2013.02.27

2月27日の作品


<作品>

メンデルスゾーンの第4交響曲は、晴朗さにみちた旋律でファンが多い。「イタリア」と名づけられた曲の出だしは、あの国の紺碧(こんぺき)の海や、ぬけるような青空を思わせる。曲名を聞いてメロディーが口をつく方もおいでだろう▼作曲家はドイツ北部に生まれた。南欧を旅して光を浴び、情緒に心洗われるさまが曲から伝わる。その青空が、今はかき曇り、欧州に不安の雲をなびかせている。総選挙の結果、イタリア政治は袋小路に陥ったようだ▼財政危機を抱えて緊縮策を進めてきたが、失業や不況に国民はあえいだ。不満の海に、ベルルスコーニ前首相率いる勢力が「露骨なばらまき公約」を投げ込んだ。たちまち政情は混沌(こんとん)となり、選挙がすんでも新首相を選べない状態だという▼市場は即座に反応してユーロが売られ、円は大きく高値に振れた。グローバル時代の地球は狭い。アベノミクスがイタリアの暗雲でしぼむやもしれない。影響は真っすぐに海を越える▼思えば、おおらかで緩い南欧的な情緒とは対極の方向へ、世界は突っ走っている。ギリシャやイタリアを「キリギリス」にたとえながらも、では「アリ」がそんなに偉いのかと問うてみたい気持ちが、胸の内になくもない▼とはいえ、在日20年というイタリア人建築家グラッセッリ氏が本紙で述べていた。「『最後は何とかなるだろう』という根拠のない楽観主義もどこかにあって、危機に陥った」と。イタリアに限らない。生き方と気の持ちようの難しい時代である


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2013年2月24日 (日)

2013.02.24

2月24日の作品


<作品>

かつて岸信介(のぶすけ)首相は、ワシントン入りしたその日にアイゼンハワー米大統領とゴルフを楽しみ、一緒にシャワーを浴びた。翌日からの会談で、両者は安保条約を改定する方向で合意、岸が「政治生命をかけた大事業」が動き出す。1957(昭和32)年6月のことだ▼首相になって4カ月、岸は対等な「日米新時代」を掲げていた。アイクは大戦の英雄、自らは元戦犯容疑者という仲ながら、「個人的信頼、友情関係」が力になったと回顧録にある。裸の付き合いが効いたと▼岸・アイク会談の重みは望めぬにせよ、安倍首相もオバマ大統領との顔合わせに期するところがあったのだろう。昼食を含め2時間。祖父が心血を注いだ日米同盟の「完全復活」を宣言してみせた▼もっとも、米側の関心は文言より実利とみえる。コメなどの関税を守りたい日本をTPP交渉に引き込むべく、「聖域」の余地を残した共同声明に応じた。回りくどい悪文は、交渉の結果によっては例外もあり得ると読める。これで日本の参加が固まった▼首相の記念講演の題は「ジャパン・イズ・バック」。強い日本が戻れば、東アジアの安定や日米関係に資するとの信念だ。アベノミクスへの自信ゆえか、おどおどした昔の面影はない▼アイクの時代、米国の懸念は東西冷戦だった。経済で独り立ちを図る日本を庇護(ひご)したのは、ソ連や中国への対抗策でもあった。安倍政権の幸先の良さを認めた上で思うのは、3世代を経ても変わらない、極東の冬景色である。


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2013年2月15日 (金)

2013.02.15

2月15日の作品


<作品>

わが子のように、星にも名前がつく。彗星(すいせい)や小惑星を見つけた人の特権だ。まずは国際機関が仮符号を与え、彗星は本人の名に、小惑星は何なりと発見者が望む名になる。アマ天文家の血が騒ぐわけである▼「存在を主張するかのように太陽の光を反射し、かすかに輝く星たち。それを見つけ、想(おも)いを託した名前を付ける。その小惑星たちが宇宙空間を回り続けるとすれば、これほどのロマンはない」(渡辺和郎『小惑星ハンター』誠文堂新光社)▼あす未明、中層ビル大の小惑星が地球をかすめる。スペインの観測者が見つけて1年、名は仮符号2012DA14のままだ。最接近は日本時間4時24分、静止衛星の軌道のさらに内側を通る。観測史上、この規模では最も際どいニアミスらしい▼命中コースから、地球二つ分それる気まぐれに感謝したい。大は小惑星、小は流星となって消えるちりまで、突入してくる天体は多い。地球は大気に守られ、衝突跡は風化などで消えていくが、それがなければ月と同じあばた面である▼恐竜の絶滅も小惑星の仕業とする説がある。6500万年前に直径10キロ級が衝突、粉じんや煙が太陽を遮り、寒冷化で大型生物が死に絶えるシナリオだ。その点、こんどの訪問者は実に優しい▼それが観光船だったらと夢想する。闇の旅で、地球への接近は佳境である。遠ざかる青い惑星を目に焼きつけ、乗客は命名を競うだろう。しかし下方の世界はご覧の通り。離れるほどに美しい星、というのも悲しい

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2013年2月14日 (木)

2013.02.14

2月14日の作品


<作品>

フランスの怖い童話「青髭(あおひげ)」に、秘密の小部屋が出てくる。夫の留守中、禁を犯して入った新妻が見たのは、先妻たちの死体だった。「開かずの間」にはえてして、宝ではなく家主の弱みが隠されている▼1年前、福島の原発に乗り込もうとした国会の事故調査委員会は、家主の東京電力に「今は真っ暗」と制された。実は1号機の覆いは光を通し、照明もあった。この状況で4カ月が過ぎた後の説明だ。勘違いとは思えない▼東電は同行を拒んで抵抗した。「恐ろしい高線量地域に出くわす」「転落が怖い」「がれきが散乱」と、「開かず」の理由を並べて立ち入りを断念させている▼事故調の関心は、建屋4階の非常用復水器にあった。電源が落ちても使える冷却の切り札はなぜ、肝心な時にしっかり働かなかったのか。地震の揺れで早々と壊れたのなら、事故は東電の言う「想定外の津波」だけが原因ではなくなる。原発の耐震性が問われ、再稼働は全国で滞るはずだ▼「説明者が暗いと思い込んでいた」。東電の社長は国会で、調査妨害を否定した。現地も知らぬ社員に任せていたのが事実なら、国政調査権もなめられたものだ。まず議員が怒るべきだろう▼原子力ムラは原発より政権の「復旧」で一息ついたようだが、最悪の災害は消しようもない。原因と対策を世界に報告するのが東電と日本の使命であり、臭い物にフタでは二重の背信だ。皆が、歴史に裁かれて恥じない言動を求められている。無論メディアも同じである


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2013年2月11日 (月)

2013.02.11

2月11日の作品

<作品>

「悲別」と書いて「かなしべつ」と読む。閉山した炭鉱の町だが、実在はしない。脚本家の倉本聰さんがつくり出した架空の地である。まだ貧しかった戦後の時代、這(は)い上がる日本を地の底から支えたのがヤマの人たちだった▼国が豊かになるのと入れ違いに炭鉱はさびれていく。倉本さんが「悲別」を舞台に、失われゆく故郷(ふるさと)と人間模様をドラマにしたのは1984年のことだ。以来29年、今度は炭鉱に原発を重ねた劇をつくり、全国ツアーが始まった▼その「明日(あした)、悲別で」を見ると、国策に翻弄(ほんろう)されて悲哀をなめ、怒りにふるえる個々の存在がつきつけられる。国の舵取(かじと)りにもまれて、使い捨てにされる人間。名もない人々の一語一語が胸に刺さる▼閉山で去る労働者らは坑内に刻む。「我ラ世ニ遅レ不要ト言ハレタリ ヨッテ此処(ここ)ヲ去ル 文明我ラヲ踏石(ふみいし)ニシ高所ニ登リテ 踏石ヲ捨テル 踏石ノ言葉既(すで)ニ聞クモノナシ」。誰にも起こりうる痛みを分かち持ってほしい、と倉本さんは言う▼現実に戻れば、原発事故で故郷を追われた多くの人は、帰るめどが今もたたない。なのに原発への関心や、痛みの共有は薄れてきたようだ。総選挙でも主役は経済が占め、原発は脇に追いやられた▼炭鉱や原発に限らず、人が軽くみられる社会で希望を探すのは難しい。足尾鉱毒を告発した田中正造をまねて言うなら「真の文明は人を棄(す)てざるべし」であろうと、舞台を見終えて考えた。もうひと月で、3・11から2年の日がめぐってくる


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2013年2月 5日 (火)

2013.02.05

2月5日の作品

<作品>

中国で環境の問題を取材して「病む天地」と題する記事を書いたのは、かれこれ20年も前になる。経済発展の奔流がいよいよ急になった頃だが、すでに大都市や周縁では、空も河川も汚染にむしばまれていた。酸性雨が「空中鬼」と呼ばれるのもそのときに教わった▼環境保護の担当者は、経済との「板挟み」を嘆いていた。たとえば石炭火力発電所に、先進国では当たり前の脱硫装置をつけたい。だが、それより発電施設の増強が優先される、と。以来これまで中国は「環境より経済」で突っ走ってきた▼その因果と言うべきか。伝えられる北京の大気汚染がすさまじい。子どもらは咳(せ)き込んで病院に詰めかけている。一説では、汚染のひどい日に北京に一日いると、たばこを21本吸うのに等しいという▼北京駐在が2度目の同僚は、前回は帯同した妻と子が年中咳をしていた。それが帰国するとぴたりと止まった。いわゆる「北京咳」である。その同僚も、ここまでひどい空は初めて見るそうだ。マスクなど焼け石に水の感じだ、と不安がる▼経済発展に爆走する中国は、踊り続ける赤い靴をはいてしまったアンデルセン童話を思わせる。経済が「踊り」をやめれば、成長の果実を求める民衆の不満は噴出する。政府が一番恐れることらしい▼壊せば容易には戻らないのが自然環境であり、深刻な公害は人の命を無残に奪う。日本にも悔いがある。病んだ天地を癒やし、人命と人権を尊びたい。13億の国の舵取(かじと)りを、世界は見ている


<感想>

何というやさしいコラムだろう。

今や、シナ全土6億人に影響があり、1日いただけでタバコを21本吸うのに等しい、というほどの恐ろしい状況だというのに。
しかも、日本に対しての影響も大であるのに。

シナに対して「大至急対策を打て」とか「こんなことでいいのか!」とか、強く糾弾・批判する言葉はどこにも見られない。

何だよ『病んだ天地を癒やし、人命と人権を尊びたい』って。

傍観している場合じゃないだろう。

しかも、いやらしいことに、その直前に『日本にも悔いがある』などと、「日本も昔は似たようなことをしてたんです。だからシナもそのうち何とかしてくださいよ」みたいな言い方をしている。

だいたい、『経済が「踊り」をやめれば、成長の果実を求める民衆の不満は噴出する』
って、ちゃんとシナの民衆に聞いたのか?

シナの民衆は、ごく一部の富裕層にしか恩恵のない経済政策なんかより、この汚い空気を何とかしてくれ、と思っているかも知れないじゃないか。


そして、最後。

『13億の国の舵取りを、世界は見ている』

何だよ「見ている」って。

こういう国に対しても、きちんと言いたいことを言うのがアンタたちの仕事じゃないの?


とにかく、これほど深刻さがまったく伝わらない文章もめずらしい。

唯一、アンデルセン童話の『踊り続ける「赤い」靴』というのが、たぶん本人は気がついていないのだろうけど、皮肉になっているのが面白いかも。

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