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2013年3月

2013年3月22日 (金)

2013.03.22

3月22日の作品


<作品>

NHKがラジオ放送を始めたのは、1925(大正14)年のきょうだった。聴取者は日中戦争前に大新聞の読者数を超え、この新メディアは国策の宣伝を担うことになる。破局に至る熱狂は、朝日などの大手紙とラジオの共作といえる▼マスコミの戦争責任を自問する「NHKスペシャル」によると、放送の活用は、演説を拍手や歓声と共に伝えるヒトラーに倣ったそうだ。「耳から心に響き、戦意高揚につながった」との解説に、苦い思いで頷(うなず)いた▼対象は大人に限らない。昭和初めから戦中、「子供の時間」という番組が毎夕流された。内容を知らせる月刊誌「ラヂオ子供のテキスト」を、東京の収集家三澤洸(ひかる)さん(78)が見せてくれた▼たとえば昭和13年11月の「支那(しな)の軍隊」。〈抗日排日の支那人には一歩もひけを取らず、ぴしぴし懲らしめて正しい道に立ち帰るよう……〉と高圧的だ。「銃後の少国民」なる言葉もよく出てくる。少年少女は、立派な臣民になろうと思ったに違いない▼盛衰を経たラジオの実力が、震災で見直された。手軽に送受信でき、非常時には情報の交差点にと期待される。在京大手は、都会では聞きづらいAMからFMへの転換を思案中という。いざという時の役割を心得ての策だろう▼ネットを含め、メディアの真価は「社会の逆境」で試される。扇動の洪水は国を過つが、一片のお知らせが多くを救いもする。世が一色に染まらぬよう、確かな情報を選び取る力を養いたい。そんな放送記念日もいい

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2013年3月19日 (火)

2013.03.19

3月19日の作品


<作品>

オレンジ色と青の取り合わせは互いを引き立てる。こうした関係を色彩学で補色(ほしょく)と呼ぶそうだ。青空へ噴き出し、海面に映えるその炎は、なるほど爽快この上なかった。日本の技術陣が1週間にわたり、愛知沖の「燃える氷」から天然ガスを取り出した▼水深千メートル、その地下300メートルほどに広がるメタンハイドレートの層。水とメタンの「シャーベット」までストローよろしく井戸を掘り、ガスを船に導いた。海底からの採取は例がない▼「ガス田」は静岡から紀伊半島、九州沖に横たわる。日本海側を含め、近海には世界屈指の埋蔵量があり、うまくやれば天然ガス消費の100年分を賄えるという。いわば庭先に埋まる大金だ。何より、隣国にお構いなく掘り出せるのがいい▼日本のエネルギー自給率は水力中心に5%足らず。原発事故による電力不足を火力で補う今、国産エネルギーへの期待は募る。生産コストや回収法など壁は高いが、米国が沸くシェールガスのように、官民で実用化を急いでほしい▼太平洋のガス田は巨大地震の巣と重なる。その南海トラフが暴れれば、最悪220兆円の経済被害を伴うという。昨夏の「死者32万」に続く怖い想定である。恵みの海が、たちまち呪いの海に化けたのは2年前だった▼不毛の砂漠に石油が眠り、貧困と戦乱のアフリカにはダイヤモンドや金が埋まる。あらゆる地にバランスシートがあるのなら、日本は太平洋に無限の貸しがある。自然を畏(おそ)れつつ、正当な恵みは追い求めたい


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2013年3月11日 (月)

2013.03.11

3月11日の作品


<作品>

歳月は気まぐれなランナーに似ている。のんびり流しているかと思えば、一転、歩を速めて移ろいもする。ひと続きの時の大河に、私たちのささやかな命は浮き沈み、現れては消える。震災被災者にとって、恐らくは激流のような2年が過ぎた▼いや、時は止まることもある。宮城県名取市の会社員、桜井謙二さん(38)の悲嘆を本紙で読んだ。妻(当時36)と長女(同14)次女(同10)を、マイホームもろとも津波に奪われた▼「みんな復興へと動いている。でも、私は家族を失ったという思いにとどまっています。そんな気持ちを口にすることも難しくなっている」。自宅跡の更地にたたずみ、3人との日々をただ感じているという▼〈そのあとがある/大切なひとを失ったあと/もうあとはないと思ったあと/すべて終わったと知ったあとにも/終わらないそのあとがある〉。谷川俊太郎さんが先ごろ、本紙夕刊「今月の詩」の最終回に寄せた「そのあと」だ。絶望を生き抜く者への励ましが、静かに胸に迫る▼〈そのあとは一筋に/霧の中へ消えている/そのあとは限りなく/青くひろがっている/そのあとがある/世界に そして/ひとりひとりの心に〉。桜井さんの時間も、やがて、ゆっくりと動き始める▼先は見えない。だが見えずとも先はあって、被災者も、寄り添う国民も「そのあと」を生きてゆく。犠牲者は「私たちの分まで」と声をからしていよう。三回忌を区切りにできる人ばかりではないが、今は前を向きたい


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2013年3月 9日 (土)

2013.03.09

3月9日の作品


<作品>

職場の屋上から眺めると、ビルの街に隅田川がゆったり光っている。春のうららの……と歌われる季節も近い。思えばそんな春先、3月10日の未明に隅田の川面は死者で埋まったのだった。約10万人が非業の死を遂げたとされる東京大空襲から、あすで68年になる▼きのうの朝日小学生新聞で、当時14歳だった画家、吉野山隆英さん(82)の話を読んだ。隅田川につながる北十間川(きたじっけんがわ)にも遺体が折り重なって浮いていた。いまは東京スカイツリーの足元を走る川である▼ 思い出すのがつらくて、吉野山さんは空襲の絵を描けないできた。70歳を過ぎて初めて描いた。天をつくツリーが完成に近づいた一昨年には、北十間川の記憶を絵にした。あのできごとを忘れないでほしい――風化にあらがう筆は重々しい▼悲惨な戦争の歴史でも、無差別爆撃は最悪のものだ。米軍は戦争末期、日本の主要都市を軒並み炎に包んだ。犠牲は数十万人にのぼるが、広島や長崎に比べて語られる機会は少ない▼東京大空襲では爆撃機B29が279機飛来し、3時間足らずで下町を焦土にした。戦中派には恨み重なるB29を、昨今の若者は濃い鉛筆のことか?と問うそうだ。話半分に聞くにせよ、いまや戦後生まれがほぼ8割を占めるのは事実である▼ 移ろいやすい人の世だが、忘れてならぬものがある。11日には大震災から2年がめぐる。その前日の3・10も伝え続けたい。天災と戦争は違うけれど、奪われた命の無念は変わらない。胸に刻む両日としたい

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2013年3月 6日 (水)

2013.03.06

3月6日の作品


<作品>

このあいだに続いて堀口大学にお出まし願う。仏文学の翻訳で知られる氏に、批評家グールモンの短章の訳がある。その一文をかつて読み、ノートに書きとめた。「女を悪く云(い)う男の大部分は或(あ)る一人の女の悪口を云って居るのである」▼卓見だと思う。人はごく狭い知見や印象で全体を語りがちだ。だから文中の「女」は何にでも取り換えがきく。たとえば若者、オジサン、アメリカ人、医者、新聞記者……そして生活保護受給者もまた、しかりではないだろうか▼去年、お笑いタレントの母親の受給問題をきっかけにバッシングが起きた。あれなど、一人を悪く言うことで全体をあげつらう一例だったろう。働かない、ギャンブルで浪費している、といった後ろ指も、一部への批判が全体への色眼鏡になっているようで気にかかる▼行きつくところと言うべきか、兵庫県小野市が議会に条例案を提出した。受給者がパチンコなどで浪費しているのを見つけた市民に通報を義務づけるのだという。耳を疑ったがエープリルフールにはまだ間がある▼筆者と違う意見もあろう。だが、そもそも誰が受給者なのか一般市民には分からない。効果は疑わしいうえ、小野市だけでなく全国で色眼鏡が濃くなりかねない▼生活保護の切り下げについて、受給する女性が声欄に寄せていた。「受給者は楽しみを持ってはいけないのでしょうか。貧しい気持ちを持ったまま、暗く生きていかねばならないのでしょうか」。身に染(し)む声ほど小さく震える

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