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2013年9月

2013年9月28日 (土)

2013.09.28

9月28日の作品


<作品>

横山秀夫さんの粒ぞろいの作品のなかでも、短編「動機」はひときわ光る。警察手帳の大量紛失という事件の顛末(てんまつ)を描く。引き締まった筋立てに厚みを与えているのが、主人公とその父との関係だ▼親子2代の警察官。母の死を機に父の心は壊れた。いまは言葉も表情も失い、「土塊(つちくれ)」のようになって閉鎖病棟にいる。息子が会いに行くと、父は看護師に声を発する。「やっ」。彼女は「そうですよね、嬉(うれ)しいですよねえ」と父に返す▼この面会を父が喜んでいるという「意訳」に、息子は戸惑う。看護師にわかることが、めったに来ない息子には理解できない。心を病んだお年寄りに寄り添うことの難しさやつらさが、読者の胸に迫る。それが現実の世界で、まして在宅でとなれば、家族の苦労は筆紙に尽くせまい▼先月、介護にかかわる厳しい判決が出た。認知症の91歳の男性が徘徊(はいかい)し、線路内で列車にはねられ亡くなった。この事故でダイヤが乱れ、JRに損が出た。裁判所は男性を世話していた妻らに責任があるとし、720万円を払えと命じた▼きのうの本紙東京本社版などの生活面が報じている。男性が外に出たのは、妻らが目を離したわずかな間だった。見守りを怠った、と判決はいう。しかし、人間だれしも一瞬の隙はある。負わされる責任が重すぎないか▼「動機」の幕切れ、「やっ」は嬉しいという意味だと話す主人公に、妻は「そんなの、ずっと前から」知っていたと答える。小説のなかでは救いが訪れるのだが

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2013年9月24日 (火)

2013.09.24

9月24日の作品


<作品>

だれかの人柄を言いあらわすときに、リベラルという言葉を使う場合がある。あの人はリベラルだ、というように。具体的にどんな人かは必ずしも一様ではない。自由を大切にする人、穏やかで公平な人……▼政治の世界でもある種のシンボルとして使われてきた。保守陣営の向こうを張るリベラル勢力の結集を、といった具合だが、その中身についての腑(ふ)に落ちる説明はなかなか聞けない。言葉の意味を定めかねるうち立ち消えになってしまう▼それが何であるかは言いにくくても、何でないかなら言える場合がある。在日の人々に向けられるヘイトスピーチ(憎悪表現)がリベラルな考えに相反することは明らかだろう。あの敵意と排外主義はおよそ人々の自由の尊重から遠い▼もう憎しみをあおるのはやめよう。そんなデモがおととい、行われた。「差別撤廃 東京大行進」である。むき出しの民族蔑視に反対する約1200人が新宿の街を歩いた。性的少数者や障害者らへの差別もなくしていこうと訴えた▼自分とは異質な存在を受け入れ、尊ぶ。寛容こそ、リベラルの核心のひとつだろう。日本は単一民族社会でもなければ一億一心の国でもない。〈我々はもう既に一緒に生きている〉。大行進が掲げたテーマに、その通りだとうなずく▼思想史家の武田清子さんによれば、リベラルは〈生活感情や心情としても日常生活のふところの深みに育てられていなくてはならない〉。言葉遊びでなく、実践を通じてわがものにしたい


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2013年9月23日 (月)

2013.09.23

9月23日の作品


<作品>

指揮者の故・岩城宏之さんはお元気だったころ、いわゆるデスマスクを作ったことがあったそうだ。それをかぶって、まったくの無表情で指揮をするという、テレビの企画のためだった▼仰向けになって顔に枠をはめ、石膏(せっこう)を流して型をとる。顔全体が覆われていくと「この世から隔絶された恐ろしさ」を感じたと、体験を書き記している。かつて読んで記憶に残ったその一文を、「入棺(にゅうかん)体験が盛況」だという記事に思い出した。いわば、この世から隔絶される疑似体験である▼自分らしく人生を終(しま)う準備をする「終活」が広まる中、忌避感は案外と薄いようだ。花で埋まる棺おけに入り、両手を胸で組む。白布団をかけてもらい、担当者がそっと蓋(ふた)をする▼ひと月前の本紙東京版によれば、「終活フェスタ」と称する会場には、その入棺体験や散骨の相談、遺影の撮影など約40のブースが並んだ。生きているうちの旅支度を「縁起でもない」と嫌う時代では、もうないらしい▼きょうは彼岸の中日、お墓参りの方も多かろう。見慣れた「〇〇家之墓」から、近ごろはユニークな墓石や碑銘が増えているという。家をめぐる考え方の変化や、個の尊重が背景にあるようだ▼35年前、小紙が「わが墓碑銘」を募ったら傑作が集まった。ある会社員は「めざまし時計よ、さようなら」と寄せていた。当時の奇抜も、今なら「あの人らしい」と相成ろう。葬送も墓も世につれて変わる。大切なのは形より偲(しの)ぶ側の心なのは、変わりようがないが


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2013年9月21日 (土)

2013.09.21

9月21日の作品


<作品>

歌い手が録音に合わせて口だけ動かす。俗にいう「口パク」である。オバマ大統領の2期目の就任式で、歌手のビヨンセさんが披露した米国歌がそうだった。北京五輪の開会式での「天使の歌声」もそうだった。音楽業界では珍しくないらしいが、それが学校の入学式や卒業式という場であったらどうだろうか▼大阪府教委が府立高校に通知を出した。式で君が代を斉唱する時、教職員が本当に歌っているかどうか、「目視」で確認せよ、と。去年、府立和泉高で校長が教員の口の動きを監視させ、物議を醸した。その校長が教育長になり、全校に広げる▼式場で教頭らが目を光らせ、歌っていない者がいたら、名前を府教委に報告する。判断の基準は形式的な「口元チェック」ではなく、「公務員として誠意ある態度かどうか」だという。漠然とした話だ▼例えば「感極まって歌えなかった」場合は目こぼしになるかも知れないという。そんなことまで考える情熱があるなら他のことに注いではと思う。自主性が大切と普段から説いてきた先生が、信念を封じて口パクをする。想像したくない光景だ▼起立斉唱を義務づける条例がある以上、守るのは当然と考える人も少なくないだろう。だが、君が代をどう考えるか、歌うかどうかは個人の思想・良心の自由にかかわる。最高裁も去年の判決で教員へのいきすぎた処分に釘を刺している▼先生がお互いに監視しあう。教育の場が荒廃しないか。多感な生徒の心に暗い影を落とさないか

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2013年9月20日 (金)

2013.09.20

9月20日の作品


<作品>

〈速さに慣れる習性は恐ろしいと思う〉という感想が真に迫る。鉄道紀行作家の故宮脇俊三(みやわきしゅんぞう)さんが東京―新大阪間に「のぞみ」が登場した時の試乗記を書いている。21年前だ。時速270キロに達した瞬間はスリルを感じたものの、たちまち〈それが当然のように思えてくる〉▼最高時速が505キロになっても、やはりすぐに慣れて、のぞみなぞはまだるっこしいと感じるようになるのだろうか。品川―名古屋を約40分で結ぶリニア中央新幹線のルートや駅の場所などがわかってきた。14年後の開業をめざすが、7年後の東京五輪が決まり、せかす声が上がる▼同じ鉄道の話題でも好対照なのが、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星」だろう。欧州のオリエント急行にも匹敵する高級な客室やサービスが売りだ。来月15日から走りだす。博多から由布院、阿蘇、長崎といった観光地を巡っていく▼リニアは名古屋まで1万1500円を想定。ななつ星は3泊4日、2人1室で最高113万2千円。かたや、スピードが節約してくれる時間を買い、こなた、快適な空間とそこで過ごす時間を買う▼移動の手段に徹する前者に、移動じたいを目的として楽しむ後者。ななつ星をデザインした水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんの言葉がおもしろい。「鉄道は遅い旅を追求したことが一度もない。これからはいかに遅く、ゆったり走るかだ」(「大人の鉄道入門」)▼予定通りの開業なら生きてリニアに乗れるかどうか。豪華列車には乗ってみたいが、手が届かない


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2013年9月19日 (木)

2013.09.19

9月19日の作品


<作品>

国会の古い議事録を読み返してみた。1975年の衆院予算委員会。約40年後のいま議論されていることが、当時から問題となっていたことがわかる▼日本が他国から攻撃され、自衛隊と米軍の艦船が公海上でいっしょに行動している時、自衛艦が米艦を守ることはできるのか。当時の宮沢喜一外相は「共同作戦をしておって共同の艦船を守らないということは、普通常識的に考えればいかにも奇妙なこと」と答えた▼8年後の同じ場でも同じ問いが出された。日本が武力攻撃を受け、助太刀に来た米艦もやられた。当時の中曽根康弘首相は「日本側がこれを救い出すことは、公海においても、憲法に違反しない個別的自衛権の範囲内である」と答弁した▼安倍政権の有識者懇談会がおととい、集団的自衛権をめぐる議論を再開した。憲法解釈を変え、行使できるようにするという。公海上で米艦を守れるかどうかは、その焦点の一つだが、政府はずいぶん前から守れると解釈してきたわけだ▼なにを今さらといいたいのではない。要は日本がまだ攻められていない段階でも米艦を助けられるようにしたいのだろう。だが、その場合の自衛隊の働きが、結果として米国の戦争に日本を巻き込むことにならないか。危ない選択である▼9条の縛りを専門家の判断だけで解き放つわけにはいかない。平和主義は、国民主権や人権尊重とともに戦後日本の自由な暮らしを支えた土台でもある。そのことにも目を向けた国民的な議論が欠かせない

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2013年9月18日 (水)

2013.09.18

9月18日の作品


<作品>

「クレタ人は皆うそつきだ」と、クレタ人Aが言った。Aの言葉が正しいとすると、Aもうそつきということになり、クレタ人が皆うそつきかどうかは真偽不明となる。よく知られたパラドックスである▼これとは次元が違うが、話を聞くと似たような眩暈(めまい)を感じてしまう。安倍政権が準備する特定秘密保護法案である。「重要な秘密は漏らしてはならない。ただし、どれが重要で、どれが重要でないかは重要な秘密である」と言われているようだ▼法案の概要を読むと、防衛、外交、スパイ、テロの4分野で、それぞれ「特定秘密」にできる項目を並べている。漏洩(ろうえい)は厳罰に処せられるのだが、書きぶりが抽象的かつ網羅的なので、なんでもかんでも秘密にされかねない怖さがある▼米国との間で軍事情報などを共有する必要性が高まり、「保秘」の仕組みも万全にする必要があるということらしい。安全保障上、表に出せない情報はあるだろう。ただそれは、国民の知る権利、ひいては国民主権の原理とぶつかる関係にあることを忘れるわけにはいかない▼なにが特定秘密かを決めるのは「行政機関の長」だ。その判断が適切かどうかを見張る仕組みが法案にはない。首相以下が恣意(しい)的に決めたり、乱用したりしたらどうなるか。国会や裁判所は歯止めをかけられないのか。危惧すべき問題点が多すぎる▼民主主義を支えるのは情報公開である。それを蔑(ないがし)ろにして法成立に走るなら、「よらしむべし、知らしむべからず」ではないか

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2013年9月16日 (月)

2013.09.16

9月16日の作品


<作品>

神出鬼没で暴れるゲリラ豪雨と違って、台風は強大な「正規軍」の来襲を思わせる。日本めがけて攻め上がってくるイメージだが、地図を逆さにして見れば、列島を袈裟懸(けさが)けにしてくる格好だ。手ごわそうな一太刀(ひとたち)が近づいている▼この新聞がお手元に届くころ、大型の台風18号は東海から関東あたりに接近しているとみられ、上陸のおそれもある。上空からの姿は広い雨雲を伴って険悪だ。くれぐれも用心をしていただきたい。内輪のことになるけれど、風雨をついての配達も▼過去を振り返ると、地震とともに台風は、幾多の爪痕をこの国に残してきた。平均すると毎年11ほどの台風が接近し、うち3つが上陸しているそうだ。上陸10回という年もあった。発生が年に26ほどというから、まさに台風銀座である▼18号は、すでに各地でずいぶん降らせた。きのうの午前、東京の空は墨を流したように暗く、雨が激しく街を叩(たた)いた。その後晴れ間ものぞいたが、近所の小さな川を濁流がごうごうと走っていた▼季節は違うが、〈さみだれや名もなき川のおそろしき〉の句が与謝蕪村にある。小さな、名もない川があふれて被害をもたらす例は、梅雨でも台風でも多い。この一句、近所の水流や高低といったリスクに、普段から目配りせよとの戒めにも読める▼地球の温暖化は台風にパワーをもたらし、「経験したことのないような大雨」などの原因をつくるという。早めの備えと早めの避難を心がけて嵐を去らせ、一過の空を仰ぎたい


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2013年9月 8日 (日)

2013.09.08

9月8日の作品


<作品>

「黒(くろ)歴史」という言葉を最近知った。人に言えない、知られたくない過去、なかったことにしたい失敗などをいう。もともと人気アニメで使われていた用語が、意味を転じつつ俗語として広がったらしい▼前の恋人の写真を保存していて今の恋人に見られてしまう。その種の不都合な情報も黒歴史と呼ばれる。どんな愚行や醜態も、心の記憶に留(とど)まるなら、時に襲う胸の疼(うず)きに耐えればすむ。しかし、それがネット上に一度(ひとたび)拡散したら大変である▼アルバイト先などでの悪ふざけ写真をソーシャルメディアに投稿し、騒ぎになる例が相次ぐ。今度の舞台は餃子(ギョーザ)の有名チェーン。金沢市の店で、数人の裸の男性客がカウンターに並ぶ画像が公開されてしまった。会社は「公序良俗に反する不適切な行為」を防げなかったとおわびした▼コンビニ、宅配ピザ店、ハンバーガー店と、よくもまあ類似のことが続くものだと呆(あき)れる。よくないことと知ってか知らずか、ウケを狙うあまり逸脱に及んだのだろう。それが大っぴらになったらどうなるか、頭を働かせた形跡はない▼会社は会社でイメージダウンが怖い。謝罪や閉店といった対応を急ぐ。処分がいささか厳しすぎないかという声も上がり、議論が広がっている。当の若者らはどんな心境で事の次第を見守っているのだろう▼わが青春も顔から火の出る思い出に事欠かない。ふざけすぎてしくじりもした。おのれの苦い黒歴史を咀嚼(そしゃく)し、反芻(はんすう)する。思えばそれが、大人になるということか。


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2013年9月 2日 (月)

2013.09.02

9月2日の作品


<作品>

道路の工事が増えている。都内を走ると実感する。あるタクシーの運転手さんは「私ら、工事にいじめられてます」と言った。うっかり渋滞に巻き込まれると、普通より料金のメーターが上がる。その分、差し引いた金額しか払わないお客がいるらしい。渋滞もアベノミクスの効果か▼デフレ脱却の見方が出る中、消費税率引き上げについて意見を聞く「集中点検会合」が終わった。6日間で60人もの有識者が語った。異例な催しだった。安倍首相が直々に号令をかけたのだという▼来年4月に増税することは法律で決まっているが、「経済状況の好転」が条件になる。そこをどう判断するか。結果は予想通りと言うべきか、「来春から8%」に7割が賛成だった。といっても、皆が諸手(もろて)をあげてというわけではない▼「そのかわりに」という注文つきの意見が多かった。景気の下支え策を講じよ。法人税を下げよ。自動車取得税を廃止せよ。業界の利益を代弁するような主張もあったが、財政再建は先送りできないと大方が考えていることはわかった▼それを知ってのことか、来年度予算案の概算要求が過去最大に膨れあがっている。道路も新幹線も、と欲張った結果だ。国の懐具合を慮(おもんぱか)る気配がない。古い自民党と「族議員」が臆面もなく蘇(よみがえ)った▼増税するか否か、首相は10月半ばまでに決める。予算の「入り」が決まらないと「出」も査定できない。道路の渋滞は裏道を通ればかわせるが、財政再建の遅れを言い逃れる裏道はない


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