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2014年6月

2014年6月24日 (火)

2014.06.24

6月24日の作品


<作品>

露骨な行為をまぢかで目撃したことがある。15年以上前、ある自民党国会議員の地元事務所で取材していると、ベテランの男性秘書が若い女性スタッフのからだにさわった。筆者のような部外者も含め、何人もがいる場で、である▼女性は「それはセクハラですよ」と大声で怒った。ベテランは謝るでもない。女性は矛をおさめたが、こちらはびっくりした。セクハラが流行語大賞の金賞になってもう10年近くたっていたころだ▼言葉のセクハラも絶えない。「集団レイプする人は元気があるからいい」とか「女性は産む機械」とか、過去のおぞましい女性差別発言の主は自民党に属していた。この党の体質の一面というべきだろうか▼こんどは東京都議会である。晩婚化対策を質問で取り上げたみんなの党の塩村文夏(あやか)議員が「自分が早く結婚した方がいい」などとヤジを浴びた。自民党の鈴木章浩議員がきのう、自分のヤジだったと認め、謝罪した。報道陣の取材に繰り返し否定したあげくの醜態だ。情けない▼macho(マッチョ)という英語が、日本でもいつしか普通に使われている。手元の国語辞典によれば、男っぽい男という意味のほかに、男らしさを誇って女性を軽んじる男、という意味もある。ヤジを飛ばした面々はきっとマッチョ志向だったのだろう▼そういう政治家はなぜか外交面でも強面(こわもて)に出たがる人が少なくないようだ。まじめな政策論としてなら対外強硬論もありうるが、女性を蔑視して恥じない政治家には居場所はない

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2014年6月16日 (月)

2014.06.16

6月16日の作品


<作品>

激しさを秘めた断言が読む者を驚かせる。〈遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた〉。漢字学の大家、白川静(しずか)さんが「遊」という字を論じた文章だ。遊とは、絶対の自由と豊かな創造の世界だという▼では、人間は遊べないのか。そんなことはない。白川さんによれば、神の世界にかかわるとき、人も遊ぶことができた。〈神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない〉と書いている▼この人も神の力によって遊んでいるのだろうか、とふと思った。サッカーW杯ブラジル代表の至宝といわれるネイマール選手だ。先の開幕戦でさっそく2得点をあげた。彼が6歳のときに見いだし、育てたコーチが言っている。「代表の試合でも遊んでいるように映る」と▼たしかに、この「王国」のエースの躍動には、自由があふれ、創造性がはじけているように見える。変幻自在に相手をかわすテクニックが、神業とか神のプレーとかいわれるのも不思議はない▼日本のサッカーはどうだろう。元日本代表監督のオシムさんの診断によれば、選手の育成法に改善の余地がある。規律や秩序が重んじられる一方で、日本の子どもたちには「創造力を伸ばすための自由」が十分に与えられていないと述べている▼遊びの境地は遠いのか。それでも、きのう痛快なゴールを決めた本田選手のような人材も登場している。〈遊びをせんとや生まれけむ〉の歌を、古(いにしえ)から愛誦(あいしょう)してきたお国柄である。代表の23人はまだまだやれる


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2014年6月15日 (日)

2014.06.15

6月15日の作品


<作品>

目立たなくても注目するべきできごとがある。先日、憲法改正の手続きを定めた改正国民投票法が成立するにあたり、参院憲法審査会が付帯決議をした。安倍政権への警鐘とも読めそうな内容だ▼憲法解釈はどうあるべきかについて決議は述べる。いわく、解釈は政府が自由に変更できる性質のものではない。便宜的、意図的に変更すれば憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれかねない、と▼これは政府が過去に繰り返してきた公式見解をそのまま引用した文言だ。決議は、それを十分に踏まえよと政府に求めている。首相が解釈の変更で集団的自衛権を使えるようにしようとしている折である。その邪魔にもなりうる決議に、自民党が賛成した事実は軽くない▼民主党の小西洋之(ひろゆき)参院議員が渋る自民党と交渉し、可決に持ち込んだ。決議はまたいわく、解釈を変えようとするなら国会で十分審議せよ。この項目を根拠に小西氏は、首相がもくろむ閣議決定の前に、まず国会で議論すべしと政府に迫っている▼決議に法的な拘束力はないが、審査会としての意思表明は重い。憲法解釈は、憲法によって権力を縛るという立憲主義の原理に基づくべし、ともうたっている。そこには、解釈変更に反対する陣営が政権と切り結ぶための足がかりが潜む▼9条に限らない。公明党と創価学会の関係に対する政府見解を「政教一致」と認定し直す可能性に触れる発言が、政権周辺から飛び出した。どれもこれも解釈変更か。危なすぎる

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2014年6月 3日 (火)

2014.06.03

6月3日の作品


<作品>

「12月32日」という奇妙な日付が出てくるのは、きょうが命日のヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」だ。大みそかの日めくりを破ると、1月1日と思いきや12月32日になり、観衆がどっと笑う▼ひるがえって、「5月35日」は笑えないし、説明が要る。中国で25年前に天安門事件が起きた。その日付「6月4日」は中国政府が最大級に敏感な語だ。ネットに書けば当局に削除される。監視をかわす隠語として広まったのが5月35日だった▼8の2乗という隠語もあった。8×8=64。すなわち6月4日の意味だが、どちらも今では使えないらしい。とりわけ習近平指導部の発足以来の言論封じは著しく、不都合なことは徹底して国民の耳目から遠ざけている▼「七不講(七つの語るべからず)」の指示も驚くばかりだ。人権などの普遍的価値や報道の自由といった内容を、大学で講じるのを禁じたという。「共産党の歴史的過ち」も含まれるというから、スターリン時代の全体主義を彷彿(ほうふつ)とさせる▼貧富の差、腐敗、少数民族、環境破壊……。それらを経済成長という壁土で塗り込めてきたやり方も限界に近く、恐れるゆえの言論弾圧だろう。不満の内圧はいたる所で壁に穴をあけ、暴動やデモは年に20万件近いという▼冒頭の喜歌劇の日付は、架空のお話であることの暗示であろう。しかし大勢の市民を圧殺した天安門事件は現代史の事実である。自由な選挙と言論を欠いたまま大国はどこへ向かうのか。世界が見つめている


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