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2014年9月

2014年9月13日 (土)

2014.09.13

9月13日の作品


<作品>

まっさらな紙に記事が印刷されて、世の中に出ていく。新聞社で働く者の喜びであり、ささやかな誇りでもある。しかし昨日の紙面は、朝日新聞にとって痛恨のものとなった。報道にたずさわる一人として、身が縮む。同僚だれもが同じ心情だと思う▼当コラムの執筆を任されたころ、敬愛する先輩に言われた。引き継がれてきた1本のろうそくに、毎日毎日、火をともすように書く仕事だ、と。小欄だけではない。新聞づくりそのものが、社員全員が真摯(しんし)な気持ちで、日々に新たな火をともす仕事である▼言論の自由の保障が、日本国憲法にもある。人間の歴史がこの自由を獲得するまでに、どれほどの血が流れ、苦闘があったことか。その理念を尊び、死守すべき言論機関として、慰安婦問題をめぐる池上彰さんのコラム掲載を見合わせたのは最悪だった▼気に入らない意見や、不都合な批判を排した新聞は、もう新聞ではない。「あなたの意見には賛成しないが、あなたがそれを言う権利は命をかけて守る」。古来の至言が、信頼もろとも紙面上に砕け散った思いがした▼「吉田調書」については、今年5月の小欄でも取り上げている。初報記事とともに「命令違反」の表現が誤っていたことを、おわびいたします▼砕け散ったもののかけらを、時間はかかっても拾い集める。そして信頼を一から作りなおしていく。深く自省する中で、朝日新聞が言論の一翼を担っていく気構えには揺らぎがないことも、あわせてお伝えをしたい

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2014年9月 4日 (木)

2014.09.04

9月4日の作品


<作品>

中国料理の東坡肉(トンポーロウ)は日本でもおなじみの豚の角煮だ。その名前は、宋代の詩人にして役人だった蘇東坡(そとうば)に由来する。東坡は号で、本名は蘇軾(そしょく)。食道楽でもあったらしい▼エリート官僚ではあったが、当時の官界は政争が激しかった。40代半ばで都の南、湖北省の黄州(こうしゅう)に流される。その後、許されて、かなりのポストに就いたものの、60歳を過ぎてまた、さらに南の海南島に左遷される。浮沈の大きな人生だった▼黄州での作品に「寒食(かんしょく)」をうたったものがある。寒食とは冬至から105日目、火を使わず、作り置きの冷たい料理を食べる行事だ。詩は、皇帝のいる朝廷からも郷里からもはるか遠い身の上を嘆き、〈也(ま)た塗(みち)の窮するに哭(こく)せんと擬(ほっ)す/死灰(しかい) 吹けども起(た)たず〉と結ばれる▼人生に行きづまり、もはや道がないことを慟哭(どうこく)しようにも、燃え尽きた灰のように、その力さえ残っていない――。暗く悲痛な調べである。もっとも実際には日々の暮らしを楽しんだらしい。畑を耕し、友と会い、酒を酌みかわす。生涯の中でも優れた作品がこの時期に生み出されている▼寒食ならぬ冷や飯をいかに食うか。不遇を肥やしにするくらいの気合で乗り切れるか。それが、その人物の器の大小を左右するのではないか。後世に名を残した蘇軾の生き方にそう感じる▼きのう内閣改造と自民党役員人事があり、登用された者より退けられた者の身の処し方について考えたくなった。とりわけ、おととし政権を追われた民主党の現状を思いつつ


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