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2014年12月 1日 (月)

2014.12.01

12月1日の作品


<作品>

衆院選の公示を前にして疑問に思うことがある。安倍首相は先日の本紙の党首インタビューでこう語った。憲法解釈の変更について、「憲法改正をしなければ、これ以上はできないということだろうと思う」▼安倍政権は7月の閣議決定でこれまでの解釈を変え、集団的自衛権を行使できるようにした。ここまではOKだが、それ以上はだめで、やるなら条文を変える必要があるというわけだ。その線引きの根拠はいったいどこにあるのだろう▼政府は従来、憲法9条の下では集団的自衛権は行使できないと解釈してきた。そして、国会論議などの積み重ねを経て確立され定着している解釈を政府が基本的に変更することは困難だとし、行使を認めるなら条文の改正という手段をとらない限りできない、と答弁してきた▼この三段構えの堅牢な線引きを、閣議決定は一挙に取り払った。大変な荒業だった。これ以上やれば憲法解釈の「継続性、安定性」を損なうことになると首相は言う。しかし、7月の決定こそが継続性を断ち切り、安定性を奪ったのではないか▼首相の言葉に首をひねるのは消費増税の場合でも同じだ。1年半延期するけれども、その先で再び延期することはないと、「皆さんにはっきりそう断言いたします」。アベノミクスで必ずや増税できる状況にするというのだが、断言する根拠が見えない▼これらは、首相が嫌う「批判のための批判」ではない。素朴な疑問である。選挙戦を通じて解消されるのならば幸いだ

<感想>

天声人語子の言っていることが、今回もわからない。

安倍首相の「憲法改正をしなければ、これ以上は(憲法解釈の変更は)できないということだろうと思う」という発言の意味は、普通「ここまでは、行きあたりばったりの対応をしてきたけれど、無理がある。やっぱり憲法改正をしなければダメだ」ということだと思うのだけど・・・

それを、無理やり「ここまでは良かったけど、ここからはダメだ」と解釈して、「その線引きはいったいどこにあるのだ」というのは、どう見たってただの言いがかりにしか見えない。

過去、苦し紛れの憲法解釈をしてきたのは、本来国としてそうあるべきである対応が、わけのわからない憲法のせいでできないから、ということではないの?

「憲法解釈の継続性、安定性」などというのは、マスコミなどが「憲法改正は何がどうあろうとゼッタイに認めない」という意味不明な態度を取るせいで、仕方なく使った言葉としか思えない。

だいたい「集団的自衛権の行使」が、どうしてダメなのか、私には理解できない。

一度認めてしまうと「戦争に参加できることになる」⇒「徴兵制がはじまる」などという「風が吹くと桶屋が儲かる」もビックリの解釈をする人もいるけど、それに対して「今の時代、徴兵制なんか使えない」といくら説明しても、もともと聞く耳を持たないのだからムダだ。

反対のためなら、どんな屁理屈でも持ち出してくるので始末が悪い。


消費税引き上げについての発言も同じこと。

「18カ月は延期するけど、その以上の延期はせず、平成29年4月には消費税を引き上げる]とはっきり言っているのだから、それがイヤなら自民党政権を潰せばいいだけの話。

そもそも「3党合意」によって決まったことだ。

当時の政権政党であった民主党に対しては何も言わずに、いざ税率をあげる段になると、その時の政権である自民党に対してだけ言うのは、やっぱり違和感がある。

同じことをしても、片方には何も言わないくせに、もう片方には屁理屈を言ってまで貶めようとする。

こうして、朝日新聞は国民を欺こうしているのだな、と改めて思う。


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