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2015年4月 6日 (月)

2015.04.06

4月6日の作品


<作品>

沖縄の墓は大きい。詩人の山之口貘(ばく)が故郷の墓について書いている。一種の建築物のようなもので、内部は広ければ10畳ほどあり人が立って歩けると。その随筆には、墓の中にむしろを敷いて、三味線に似た三線(さんしん)を奏でる人が出てくる▼きのうは二十四節気の清明だった。天地が明るく、清々(すがすが)しい空気に満ちてくるころ。沖縄では「シーミー」と呼び、この季節に親族そろって墓参をする。「重箱の御馳走(ごちそう)をひろげ祖先の霊達とのおつきあいをするのである」と貘さんは書く▼沖縄では俳句の季語に「清明祭」があって、墓前で親族が絆を深める内容の句が多い。大切な年中行事の一つだが、代々の墓が米軍基地内にある人たちもいる。許可をもらって入り、供養するのだという▼普天間飛行場では、今年は12日の朝9時から夕4時まで許可になるそうだ。それも年に1度。こんな墓参りがあるだろうか。取り上げられた土地は返還されるのが当然で、辺野古への移設は筋が違う――翁長雄志(おながたけし)知事の主張は胸に届くものがある▼知事と政府の菅義偉(すがよしひで)官房長官が会談をした。歩み寄る一歩か、背を向けて離れる一歩なのか、よく見通せない。少なくとも国側は、会ったことをもって強硬姿勢の免罪符としてはなるまい▼沖縄はいま、「うりずん」の響きもうるわしい若夏のとき。しかし70年前、この季節に悲惨な沖縄戦は始まった。歴史の縦糸の先に基地の問題がある。国土の0・6%にすぎぬ島に押しつけてきた、負担の総量を思いたい


<感想>

前段の主張は、今さらどうでもいいのでコメントは省略する。

気になったのは、最後の一文。

『国土の0・6%にすぎぬ島に押しつけてきた、負担の総量を思いたい』

天声人語子はバカなのか?

何だよ「国土の0.6%に過ぎぬ」って。

大きさの問題ではないだろう。

言うまでもなく、「どこに位置しているか」が重要なんである

しかも「国土の0.6%」って、結構な大きさだと思うぞ。

コンマ以下なら「たいしたことはない」などと主張するって、どういう感覚なんだろう。


だけど、天声人語子の判断基準によれば、尖閣諸島なんて「屁みたいな大きさだから、どうでもいい」ということになるが、そういうことなの?

だから、シナにやってもいいじゃないか、って言いたいの?

なるほど、結論はそこに行きつくわけですか?


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